殺人への誘い 〜第七章:探偵の判断〜


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Epilogue【おまけ】: >>怪盗  >>西の探偵  >>東の探偵  *** Epilogue: >>入港 / 正体バレ編: >>痛手  >>追及





 食堂から出たコナンだが、向かった先は自室。
部屋の鍵を開け、ベッド脇にある机の引き出しを開ける。
そこにある紙切れ二枚を取り出すと、それをポケットへ入れて部屋を出た。

 次に向かったのは廊下の突き当たりにある各部屋への案内図。
それをしばらく眺めてから、コナンキャビンの一室へと向かった。
コナンはナンバーが112と打ってあるドアの数字を何度か確認した後、ドアを軽くノックした。

「――はい?」

 中で返事がしてドアが開く。
開けた瞬間は上の方にあった視線が徐々に下に下りてきて、ある一点でそれが止まった。

「名……探偵? 何でここ……」

「受付で訊いたんだよ。オメーの部屋番号」

「いや、俺が訊いてるのはそういう事じゃなくて……」

「中森警部にオメーの事話したら連れて来い、って言われてな」

 この言葉に快斗の顔色が瞬時に変わる。

「おまっ……! マジで……!」

「……冗談に決まってんだろ」

 必要以上に焦る快斗を、コナンは呆れ顔で見た。

「それに、仮に俺がオメーの正体を中森警部に言ったって、
 たかだかガキの言葉に信用する方がどうかしてるよ」

「でもキッド絡みで警部と面識あるんだろ? 疑わねーんじゃねーの?」

 真面目に言う快斗に、コナンは面白そうに笑う。

「バーロ。いくらそうだとしたって、中森警部がオメーをキッドだ、
 って疑ったことがねーんなら、バレる確率の方が低いさ」

(……もし、本当に警部に疑われたことがある、って言ったらどうすっかな? この探偵)

 笑いながら軽い口調で言われたその言葉に、快斗は苦笑いするが、
コナンはそれには気付いてないらしく、そのまま話を続けた。

「そうそう。俺がここに来た本来の理由なんだけど、
 昨日のオメーの言動と行動について、ちょっと訊きてーことが――」

「……キッドの話題、まだ続きます?」

「当たり前だろ? そもそも、ここに来た理由がそれなんだから」

 平然と言うコナンに、快斗は小声で怒鳴る。

「――あのなぁ! 俺が泊まってる部屋の両隣の奴は、俺がキッドだって知らねーんだぞ!?
 ましてや、右隣は警部だ! ここで堂々とキッドの話してりゃ、バレる可能性だってあるだろ!
 大体、普通は面識ないはずの俺とお前が話してりゃ誰だって不審――」

「んなこと言うんなら、他に何処で話せっつーんだよ!?
 甲板なんて人が頻繁に出入りするだろ? だからと思ってあえてここまで――」

「周り考えろよ! 廊下じゃ近辺の部屋に話し声丸聞こえじゃねーか!」

 怒鳴る快斗を、コナンはムッとしたように睨みつけた。



「結局はここですか」

「オメーがいちいち、話す場所にケチつけるからだろ?」

 二人がいるのはコナンの部屋。
快斗の部屋で話そうにも、隣が中森警部なのであれば、確かに聞こえる可能性もないとは言えない。
だが、特にコナン関係者が多い船内で、本来繋がりのない二人が話しているのを目撃される可能性を考えると、
人の出入りが激しい甲板やロビーはもちろんのこと、いつ人が来るか分からない廊下のソファもアウト。

 それ以外で、ある程度人の出入りの操作が出来て、かつ、快斗側の人間が立ち寄らない場所となると、
もはやコナンの部屋くらいしかないだろう、という結論に落ち着いた。
コナンがいるのはベッド脇の机の椅子。快斗はと言うと、ベッドへ座り込んだ。

「それで? 昨日の俺の言動と行動に関して、訊きたいこととは何でしょうか? 探偵君?」

 軽い口調で訊ねる快斗に対し、コナンは至って真面目な顔で快斗を見る。

「……オメー、昨日俺に渡したよな? 『中森警部に渡しといてくれ』って、宝石を」

「ルビー・ローズのことか?」

「ああ。……なあ、ホントにオメーが盗んだ宝石ってあれだけか?」

 コナンの言葉を聞いて、快斗は不思議そうに目を見開いた。

「……そう言や昨日も、そんなこと訊いてたよな?」

 いたく難しそうな表情で見てくるコナンに、快斗は肩をすくめた。

「あの時も言ったろ? 俺が最初から盗むと予告してたのはルビー・ローズだけだって。
 警部にも、一枚しか予告状渡してないはずだってな」

「……二つあったとしたら?」

「は?」

「展示場として使われたあのホール。
 あのホールに展示してあった宝石は、一つじゃなく二つ置いてあったんだ」

 真面目に言うコナンに、可笑しそうに笑う。

「別におかしくねーだろ? 船に乗ってる乗客に、自分たちの持ってる宝石を見てもらおうと、
 宝石を余分に展示することには理解出来るぜ? ましてや交流を目当てに一般人乗せてんだろ?
 宝石が二つあったってのは、昨日犯行現場に行った時点で知ってたしな」

「いや、問題はそこじゃない。今回、ホール内で色々騒ぎがあった後に現場を見ると、
 ショーケースに入っていた宝石は二つとも姿を消していた。当然キッドが現場から立ち去った後の話だ。
 そしてあの後、お前は俺に宝石を一つだけ渡した。もう一つの宝石に関しての話は一切せずにな」

「……何が言いたい?」

 疑惑の目自体は向けられていないのは分かる。
だが、真意を窺うように見られる視線は気持ちの良いものではない。
先程とは打って変わった快斗の険しい雰囲気に、コナンは表情を変えずに話し出す。

「あの後ホールに戻ってから、お前が俺に渡した宝石の話をしたんだ。俺の仲間にも中森警部にもな。
 でも全員口を揃えてこう言ったよ。――キッドの本来の目的は、ライラック・サイスを盗ることだった、ってな」

 コナンの言葉に快斗は一瞬眉を上げると、首を横に振りながら鼻で笑う。

「ちょっと待て。普通に考えておかしいだろ。
 俺は予告した宝石以外、今まで盗んだことなんて――」

「前提が違うとしたら?」

 言葉を遮るように言われたコナンの発言に、快斗は顔をしかめる。
続きを促すような視線には応えずに、コナンは少し快斗の方を睨むように見据えてから、
この部屋を出る時にポケットへしまった紙切れ二枚を、快斗の方へ放り投げた。

「そいつを、中森警部始め、ここにいる乗客全員が知っていたとしたらどうだ?」

 快斗はコナンの言葉に首をひねりながら、ベッドに放り投げられた紙切れ二枚を拾い上げた。
そのオモテ面を確かめて、快斗の動きがしばらく止まる。
我に返った後、驚いた様子でコナンの方を振り返った。

「おい、これ……!」

「キッドが中森警部へ出した予告状だよ。ただし、一枚じゃなく二枚ある」

「バカ言うなよ! こっちが出したのは一昨日の晩に警部へ出した、ルビー・ローズの予告状だけだ。
 それに、お前は知らねーだろうけど、そもそもライラック・サイスは――」

「俺に判断は求めるなよ? この件の真偽は、俺にとっちゃ憶測でしかない」

 淡々とした口調で言われて、快斗は目を見開いてコナンを見る。

「お前……疑ってんのか?」

「さあな。でも仲間の探偵が言ってたよ。オメーがキッドやってる時に、
 ポーカーフェイスでいるんなら、嘘の証言したって顔色は変えないだろ、ってな」

「…………」

 快斗は不満そうにコナンを睨んだ後、コナンから視線を逸らした。
コナンはそれを一瞥すると、そのまま二枚の予告状へと目を移す。

「俺はこの予告状と今回の発砲事件、関係があるように思うんだよ」

 これを聞いて快斗は皮肉めいて言う。

「何だ? 今度は殺人未遂の容疑者か?」

「いや。事件が起こった時、ホールにいた俺の仲間に状況聴いたが、時間的にオメーに犯行は無理だ。
 最初の発砲音が何らかのトリックだったとしても、それが聞こえたのは午後十時十五分頃。
 その時間帯、お前は甲板にいた。その後悲鳴が聞こえた時も俺が一緒だったし、
 ホールに向かった俺の後から走って来てたお前が、ホールに先回りするのはさすがにありえない」

「……でもそれじゃあ、何が関係してるんだよ?」

 コナンはベッドに転がっている二枚の予告状に向けて、顎をしゃくった。

「見てみろよ。その二つの予告状。俺も昨日部屋に戻ってから、そいつと睨めっこしてたよ」

「睨めっこ……?」

「都合良すぎると思わねーか?」

「え?」

 快斗は両手に予告状を手にし、コナンの方を不思議そうに見る。

「船内の乗客のほとんどが集結しているホール。
 ホール内はオメーの手回しで暗闇と化し、おまけにすぐには明かりが点かない状態だ。
 拳銃を発砲したところで、暗闇の中じゃ誰が誰を撃ったのか分かりゃしない。
 それに明かりがすぐ点かないのであれば、凶器である拳銃をしまうのにも好都合。
 暗闇になったことで、ホール内にいる人物の注目するところはオメーだ。
 そんな中でどこからか隠し持ってた拳銃を取り出しても、気付く奴はいないだろ」

 快斗はコナンの言葉を理解しかねて、難しそうに顔をしかめた。

「……お前、一体何が言いたいんだよ?」

「昨日、中森警部が言ってたよ。『一昨日の晩、新たにキッドから予告状が来た』ってな」

「いや、それは多分……」

「ああ。オメーが唯一出した、っていう予告状のことだ。
 ――予告状の冒頭にドイツ語持って来たってことは、分かるだろ?
 もう一つの予告状の冒頭になんて書いてあるか」

 コナンに言われ、快斗はもう一つの予告状に目を向ける。

「同日、同場所だろ? ――ん? ちょっと待てよ?
 確か今オメー、俺の予告状を『新たに』って……」

「変だと思うだろ? 確かにオメーの予告状には日時ともしっかり書かれていた。
 だが、先に届いたはずの予告状には、犯行に関する日時は漠然としか書かれていない。
 楽な言い回しだよ。『同日、同場所』なんて。日時や時刻が書かれている別の何かがあれば、
 それによってどうにでもなるんだからな。指定された日時や時刻に合わせるなんて造作もねーよ」

 コナンのその言葉に、快斗は不審そうに眉を寄せた。

「でも待てよ? それならそれでおかしいだろ。
 最初に届いた『同日・同場所』って予告状、届いた時点で相手が不審がらねーか?
 明確な日時指定もないなら、犯行日の判断のしようがねーんだから」

「ああ。それは俺も思った。だから昨日、予告状に関して色々考え込んでたんだよ。
 仮にお前が二枚とも予告状を出したにしても、一枚目に『同日・同場所』と表記する理由がない。
 ミスリードするにしても不可解すぎるし、そうすることでお前に得があるとも思えない。
 もし何らかの利点があったとしても、俺に宝石を一つだけ返した時点で、それも水の泡だ」

「……何で?」

 他人事のように訊く快斗に、コナンは呆れた表情を向けた。

「前提は『お前が二枚とも予告状を出した場合』の話だぞ?
 下手に宝石を一つだけ返したら、逆に不信感を与える。
 今回みたいに本来の目的は別の宝石だと、他の人間が思ってるようにな。
 その上で起こった発砲事件。既にキッドに対しての不信感がある人間が大勢いれば、キッド犯人説を疑う。
 中途半端に不信感を抱かせるくらいなら、最初から宝石は返さないか両方返した方が得策だ」

「でもその理屈で言えば、宝石返しても返さなかったとしても、
 発砲事件の犯人として疑われる可能性だけなら、普通にあるだろ?」

「だから! その可能性が、中途半端に宝石を返すことで強まるつってんだよ。
 それこそ、お前がホントに予告状を一枚しか出していない限り、お前が俺に宝石を一つだけ返す利点はない」

 コナンの言葉に、快斗は不思議そうにコナンを見てから首をひねると、顔をしかめた。

「……ちょっと待て。ってことは、お前結局疑ってるわけ? 疑ってないわけ?」

 そう訊かれて、コナンは目を瞬いた後、面白そうに笑った。

「俺は『さあな』って言っただけ。疑ってるとも疑ってないとも言ってないぞ?」

「……その微妙な言い方止めてもらえます?」

「お前が勝手に思い込んだだけだろうが。
 俺は単純に、同じ人間が出した予告状にしちゃ、妙だと思ったんだよ。
 ただでさえ事件が起こる前から、色々疑ってた分余計にな。とは言え問題は、それを証明する証拠がないこと」

「別にそれを証明しなくたって、今回の事件には関係ねーだろ?」

「関係大有りだよ。オメーが予告状を一枚しか出してないってんなら尚更さ」

 コナンは呆れたように快斗を見返した。

「オメーが本当の予告状をよこして来たから、不自然に思わねーんだよ」

「……どういう事だよ?」

「さっきも言ったと思うけど、犯人は暗闇を利用して犯行を実行したんだ。
 つまり、犯行を安易にするには自分で暗闇を作るしかない。
 かと言って、いきなり理由もなく電気が落ちるってのも妙だ。
 そこで考えたんだろうな。急に暗闇になっても不自然じゃない方法を」

「まさかそれが俺の予告状?」

 コナンの推測に、快斗は意外そうに言う。

「おそらくはな。多分、オメーが中森警部に予告状をよこさなかったら、
 犯人が何らかの手を使って新たに渡してたと思うぜ?」

「でも変じゃねえ? オメーの口調じゃ、俺が警部に予告状出すことを前提に、
 犯人はその計画進めてたって言いたげだけど、俺が予告状出す確証なんてどこにも――」

「キッドはビッグジュエルと呼ばれる宝石を狙ってる泥棒、っての知ってりゃ、どうにでもなるだろ」

 平然と言うコナンの言葉に、快斗は驚いて目を見開いた。

「俺をおびき出すために、わざわざビックジュエル手に入れたっての!?」

「まさか園子の奴が船を出してるなんて知らなかったけど、テレビのニュースで何回かやってたろ?
 ドイツの富豪が日本へ来てて、今度の船旅では、船内でビックジュエルの展示会する、って。
 オメーだってそれ見て、中森警部に予告状出したんじゃねーのかよ?」

「確かにそのニュースで今回の事は知ったけど……そんなに上手く行くか?」

「そいつにまんまと引っかかって、予告状出したのは誰なんだろうな?」

 怪訝そうに言った快斗に、コナンは呆れた様子で即座にそう返す。
その言い方に、快斗はムッとして眉を上げるとコナンを睨んだ。

「悪かったな! 間抜けで!」



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