「で、服部は何の用でここに来たんだよ?」
ベッドに腰掛けているのは快斗と平次。
コナンは最初から座っている、ベッドの傍にある椅子に腰掛けている。
「あの無駄に犯人逮捕にはりきっとるガキらが、工藤がなかなか来ォへん、言うから手分けして捜しとったんや。
いくら船内捜してもおらへんから、もしかしたら思て、この部屋来てみたっちゅーわけや」
「へぇー……それじゃあ、お前、あいつらと一緒に行動してたのか?」
意外そうに言われて、平次は途端に不満そうな表情をする。
「アホ。お前が言うたんやろ? 下手したら、犯人に殺される可能性があるて」
「言ったことは言ったけど……」
「朝飯終わって、事件の捜査しよ思たんや。けど、そん時にはもう食堂見渡しても、
工藤おらんかったから、あのちっこい姉ちゃんに訊いたんや。けど、その返事聞く前に……」
――その数時間前。
「あーっ! 平次お兄さんだーっ!」
(……へ?)
平次が目を丸くして、声のした方を見ると、嬉しそうに歩美たちが駆け寄ってくる。
「これから事件の捜査、するんですか?」
「え、あ、ああ……まあそうやけど」
それを言い終わる前に、歩美が平次の腕を、グイッと引っ張られる。
「それじゃあ一緒に行こ!」
「……は?」
口から出た意外な言葉に、平次は不思議そうに三人を見た。
「本物の探偵がいりゃ、百人力だぜ!」
食堂の出入り口付近で、光彦が手を振っている。
「皆、早く来て下さい! 捜査は早い方がいいですし!」
「ねぇ! 早く! 早く! ――ホラ! 哀ちゃんも!」
哀は歩美の言葉に、平次を面白そうに見てから返事を返すと、歩美の方へ歩いて行った。
歩美はと言えば、平次の腕を引っ張って、否が応でも外へ引っ張りだそうとする。
これに対して平次は困ったような様子で訴えた。
「ちょ、ちょー待て……。俺はあのメガネのボウズに用が……」
「コナン君?」
歩美が不思議そうに首を傾げた。
「コナンなら、どっか行ったぞ!」
「何やてェ!?」
これに平次は目を丸くして驚いた。
「彼、昨日の用が終わってないとかで、それ済ましてからこの子達に合流するって言って、
ちょうど十分くらい前に食堂から出て行ったのよ」
隣で言う哀に平次は小声で毒づく。
「ホンなら何か? 俺はこいつらのお守りしながら、事件の捜査しろっちゅうんか!?」
「あら、大丈夫よ。あなたにスタミナがあるんならね」
「ス、スタミナ……?」
予想外の言葉に、平次は顔をしかめながら哀に訊き返す。
「あれでも何度も殺人事件には遭ってるし、捜査だってしてるのよ?
もちろん、やることを指示するほとんどは工藤君だけど、
その役目が一時的にあなたに代わっただけ。あの子達のテンションについていけさえすれば、
お守り、なんて考えなくても捜査は十分に出来るわよ。工藤君がそれで出来てるんだから」
「…………」
平次は何か言いたげに哀を見るが、それを言うより早く歩美が平次の腕を再び引っ張った。
「平次お兄さん! 早く!」
「――そんで、それからずーっと振り回されとったんやで? ……って、工藤!」
「何だよ?」
コナンはそう訊くが、可笑しそうに笑い続けている。
「そこ笑うとこか!?」
「悪い悪い。ただ、それ位でスタミナ切れてちゃ探偵の名が泣くぜ?」
「それとこれとは話が別やろ!?」
コナンの言葉に平次は不満げに返すが、コナンはそれに構わないで話を進める。
「そんで? 捜査の進展あったのかよ?」
話題を即座に変えられて、平次は無言でコナンを睨んだ後で、咳払いした。
「……一応、容疑者には話聴いてきたけど、お前、あん時おらへんかったからなァ。
事件が起こった時んことから話した方がええか?」
「大まかには聞いてんだよ。銃声がしたのが、キッドが現れてから十五分〜二十分後。
その時、会場にいたドイツ人の客人が、フリーダーさんとゲオルクさん。
ボディーガードが四人に通訳が二人。それ以外に女二人と、男一人がいた、ってのはな」
「さよか。ホンなら別に証言だけでも構わなさそうやな」
平次は一度ベッドに座りなおしてから話を続けた。
「まず容疑者の名前やけど、女二人っちゅうんは、フリーダーさんの親友二人。
マリアっちゅう姉ちゃんと、イザベラっちゅう姉ちゃんや。ホンで男の方の名前はアルベルトっちゅうて、
ゲオルクさんの親友で、マリアっちゅう姉ちゃんの旦那やて。
通訳の二人――両方とも若い男なんやけど、名前がヨハンにウィリアムや」
「ウィリアム?」
平次の説明に、快斗が思いついたように口を挟んだ。
「ウィリアムって……通訳の一人、ドイツ人じゃねーの?」
「何でもイギリス人らしいで? 生まれはイギリスで育ちはドイツ言うてたわ。
六歳位から今に至るまでずーっとドイツにおるらしい」
「へぇー……。でも何でまた今回通訳に抜擢されてんの?」
「どっちもゲオルクさんの知り合いなんやて。子供の頃に意気投合した三人で、
今回何カ国語か話せる二人に通訳頼んだそうや」
「それじゃあボディーガードは?」
「ボディーガード? ああ、あれは何や臨時で雇われた人間らしいわ。
もちろん、用心棒としていくらか経験ある人間に厳選したらしいけどな」
コナンは、目の前で繰り広げられている、平次と快斗のやり取りを不思議そうに見つめた。
コナンが平次の言葉に最後に反応を返したのは、平次が容疑者の名前を読み上げる前。
それ以降のやり取りは、平次と快斗によるものだ。
「なぁ……」
「何や、工藤?」
怪訝そうな呼びかけに平次が先に反応して、コナンは苦笑いした。
「あ、いや……服部じゃなくて……」
「ああ、何? 俺の方?」
快斗が不思議そうにコナンを見るが、コナンも同様に快斗に向かって首を傾げた。
「お前、ついさっきまで事件に介入するの渋ってたんじゃねーのかよ?」
コナンの言葉に、平次が驚いたように目を丸くした。
「ん……? 何や? コイツ、探偵やないんか? 介入するの渋ってたて……」
「はぁっ!? おい、待てよ。俺がいつ探偵だって……」
いきなり言われて、快斗は慌てて否定する。
「せやかて、事件のあらまし話してる時に色々訊いてくるし、
工藤の正体知ってるんやったら、探偵や考えるんが普通やんけ」
「いや、それ前にも似たようなこと言われたけど、俺一般人!」
苦笑いして言う快斗を、平次は無言でしばらく見た後、一人頷いた。
「まあ、この際何でも構へんけど、捜査に口出してくるっちゅうことは、
少なからず事件に興味持ってるっちゅうこっちゃな!」
「え……?」
急に口調が変わった平次に、快斗は何かを勘付いて慌てて腰を上げた。
「おい、名探偵」
「ん?」
「俺に訊きたいことってもう済んだろ?」
「……え?」
唐突に訊かれてコナンは不思議そうに快斗を見上げる。
訊きたいことが一つ残ってはいるのだが、それを言うよりも早く快斗はコナンの前を横切った。
「じゃあ俺、部屋に戻るわ」
コナンに片手を挙げてそう言い残すと、快斗は足早にドアへと向かう。
だが、その快斗の行動の意図が分かったらしい平次は、間髪入れずに快斗に叫んだ。
「コラ! 待たんかいっ!」
かなり大きな声で叫んだので、聞こえないわけないのだが、
快斗はそれがさも聞こえなかったかのように、足を止めずにドアへ向かっている。
そのあからさまな行動に、平次は不満を露わにして、露骨に眉を上げた。
腰を下ろしていたベッドから勢いよく立ち上がると、快斗の後を追いかける。
手の届く範囲の距離まで詰め寄ると、平次は快斗の服の後ろ襟を引っつかんだ。
首を絞められたのと似たようなその状況に、快斗は何度かむせ返る。
そんな快斗にはお構いなしに、平次はそのまま背後から快斗に凄んだ。
「そこまで訊いとって、今更手伝わんつもりか?」
「だ、だから……俺はそもそもアンタみたいに探偵じゃねえって!
一般人が好き好んで事件に首突っ込みたがるなんて思うなよ!?」
その言葉に、平次は襟を掴んでいる手をグイッと引き寄せた。
「――ちょっ! 首!! 首、絞まる!」
「探偵にたてつくとはええ度胸しとるやないか。兄ちゃん」
「アンタ、何かの取立て屋かよ!?
大体別にたてついたわけじゃなくて、それが正論――」
「いーや、今のんは探偵バカにした発言や。正論もくそもあるかい!」
快斗は平次の言葉に苦笑いした。
(――やりづれぇっ! 何だよ、この探偵!?)
どうにも扱いづらいと判断して、快斗は救いを求めようとコナンを振り返った。
だが、予想外なことに、コナンは二人を見ながら声を押し殺して笑っている。
「――って、おい! 名探偵! 何だよ、それ!」
「ああ……いや、悪い」
そうは言うが、本人に申し訳なささは微塵も感じられない。
まだ名残があるのか、その弁解ですら笑いを伴ったものでしかなかった。
その反応に、快斗が不満を示そうとするが、それより早くコナンが言葉を付け加えた。
「おい服部。せめて襟くらい離してやれって」
「――フォローになってねえっ!!
っていうか、そもそもそっちが手伝わなくて良いっつったんだから、
もっとマシなフォローとかあっても良いだろ!?」
「まあな。でもあれは、オメーが捜査に加わる場合、服部への説明が面倒なだけだったし、
捜査する人数が増えることに反対はしねーぜ? ただ、それこそ今回は強制しねーけど」
「……ん? ちょー待て、工藤」
快斗に言われた言葉の中に、平次は一言だけ不審がる。
その際、コナンを振り返るのと同時に、何の前触れもなく快斗の後ろ襟を離した。
当然、今までの支えを失ってバランスを崩した快斗は、そのまま床に顔面から倒れこんだ。
「『今回は』て、殺人事件現場かなんかで会うたことあるんか?」
「ああ。って言うより、俺がそいつと知り合ったきっかけがそれだからな。
探偵じゃねーことは確かだけど、同等に頭は切れる方だろうし、
この姿で一人の場合、何かとやりづらいこともあるから、手を借りてたって程度だ」
「ホォー。ホンならこの兄ちゃん、捜査経験あるんかいな」
「捜査経験って言えるレベルじゃねーけどな」
自分の背後で繰り広げられるそんなやり取りを聞きながら、快斗は顔をしかめた。
不可抗力とは言え、平次のお陰で床に倒れる羽目になったにも関わらず、
そんなことを一向に気にしない様子の平次に、快斗は倒れたまま不満を募らせる。
(つーか! 謝るくらいしても良いんじゃねーの!?)
心の中でそう毒づくが、相手に聞こえるわけもない。
依然として、倒れた人間を無視して、背後では無慈悲に会話が継続される。
「っちゅーことは、別にこれが最初でもあらへんねやろ?」
「まあ……確かにそうかな」
「せやったら――なぁ、兄ちゃん」
「ああ? 軽く人の首絞めた挙句に転ばせて、その上それ無視したアンタが俺に一体何の用?」
謝罪でもない言葉をかけられて、快斗は不機嫌に平次を睨みながら起き上がる。
やたらと言葉にトゲのある快斗の口調に、平次はようやく気付いたように一人で頷いた。
「いや、スマンスマン。悪気はあらへんねんで」
「あれだけ首根っこ引っ掴んどいて、悪気がないわけ――!」
「ホンマやて。それよりや。アンタ捜査経験あるんやったら、事件に抵抗もそう感じんやろ。
せやし、暇つぶしや思て付き合わんか。ここまで概要聞いとんねんから、無関係とは言わせへんで」
さも快斗の意思を尊重するかのような言葉だが、
その実、口調には有無を言わせない雰囲気を含んでいる。
どことなく漂うその腹黒さに、快斗は深くため息をついた。
2007年編集箇所。サブタイトルの意味合いが少し弱いかと、オチを少々変更した模様。
今回の編集では、一部セリフや描写部分には変更加えてますが、そこまで大した変更はない。
一番変更を加えたと言うのなら、平次に対して快斗が文句言う部分を、さらに酷くさせた程度。
後、快斗の探偵問題で「前にも言われた」は、ご対面ネタを引っ張ってきてみました。
あくまでイメージですが、快斗と平次って悪ふざけするにはベストコンビな気はするものの、
真面目なシーンとか、感情に任せてどうかするシーンとかだと、とことん馬が合わなさそうな気がする。
というか、平次のテンションに快斗が真面目に反応して、自分の首を絞めるパターンに陥りそうなイメージ。
うん。まあ、原作でそもそもこの二人が絡んだことが無いので、実際どうか分かりませんが。