キッドの予告状に、探偵団三人は、何やら様々な憶測を並び立てている。
フリーダー達は、適当なテーブルに腰を落ち着け、雑談と夕飯を楽しんでいた。
そんな彼らを交互に見ながら、コナンは一人事件を整理し始める。
(今ので大体予告状に関しては分かった。犯人も大分しぼられたけど、
こう全員が同じ場所にいるとなると、服部達の監視はどうなんだ?
こいつら逃がした状況じゃ、厳重な監視下におかれるのが普通なのに……。
――待てよ? そう言や、キッドにホール内の配置を聞いた時は確か……)
そこまで考えて、コナンは顔を左右に振った。
(いや……いくらなんでも無理だ。一度ならまだしも、合計で三回。
どうやっても相手が不審がる。――だが、説明の分ではある程度なら融通がきくか)
「――なあ。監禁されてた時、見張りの人間がどんなやつらだったか見てねーか?」
急に話を振られて、探偵団三人は不思議そうに予告状から顔を上げた。
「……分かんねーよ。ずっと監禁されてて、ほとんどドアだって開かねーし」
「だよな……」
快斗の話では、監視されてこそすれ、その監視役は別の部屋にいたと言っていた。
同室で見張っていたわけではないのなら、誘拐された側が相手の顔を見ていないのも仕方ない。
行き詰ったようにため息をついて、難しい顔で頬杖をつくと当てもなく視線を宙にやる。
「……そう言えば、ドアが一度開いた時に、一瞬だったけど見えたわよ。
ただ、見えたのはがっちりした背中が気持ち程度って感じね」
今にも唸り出しそうなコナンの様子に、哀は過去を遡って記憶を探した。
最低限もそこそこな情報だが、犯人を決定付けるのには大きな役割を果たしたらしい。
(――ってことは、やっぱり犯人は二人に絞られるか。
問題はどっちが犯人かってことだけど……。確かフリーダーさんと中森警部が言ってたな。
それにあの予告状。もし予告状の一枚目が本当に暗殺予告なんだとしたら……。
あの“ライラック・サイス”何か妙だと思ってたが、ああ書いたのがわざとじゃなく、
無意識にそう書いたんだとしたら辻褄が合う。後は証拠だ。今の時点じゃ決め手がねーな。
あいつらは、犯人の顔を見ていない。となると、残るは……)
コナンは腰を下ろしていたテーブルから下りる。
「どうしたの? コナン君」
その行動に、不思議そうに歩美がコナンへ声をかける。
コナンはそれには答えないで、探偵団達の方へ顔を近づけた。
「オメーらに少し頼みたいことがあんだけど」
「何ですか?」
キョトンとして自分を見る四人に、コナンは声を落として小声で続ける。
「良いか? 俺は今から食堂を出る。またこっちに戻ってくるが、俺が戻ってくる前に、
そこにいる奴らが食堂から出て行ったら、バッジで知らせてくれ」
コナンの言葉に、四人は静かにゲオルクたちが座っているテーブルに目を移す。
「『そこにいる奴ら』って、ゲオルクさんたちのことですか?」
「ああ」
「……それくらい構いませんけど、食堂出て一体何処に行くんですか?」
「船内全体さ」
「全体?」
サラリと言うコナンの言葉に、光彦は不思議そうに首を傾げる。
「それからもう一つ。また捕まえられそうにでもなったら、ちゃんと連絡しろよ!」
「じゃあ、コナンもちゃんと連絡しろよな」
「は?」
面食らったように見ると、四人が揃って可笑しそうに笑い出す。
「だって、コナン君だって捕まりそうになったんでしょ?」
「え……?」
捕まえられそうになったのは事実だが、それを話した覚えはない。
何で知っているのかと訊こうとして、それより前に哀が説明を始めた。
「あの二人から、事件のあらまし聞いたって言ったでしょ?
その時『ついでだから教えとこうか』って、あなたの甲板での出来事話してくれたのよ」
「はぁっ!?」
「コナン君って意外と抜けてますからねぇ」
(あいつら……。何が『ついで』だよ。今回の事件とは関係ねーだろうが!)
コナンは心で毒づいてから、食堂の出入り口へ向かい出す。
「ともかく! 俺が戻るまで、こっから動くんじゃねーぞ!」
出がけに四人の方へ振り返ってそう言い残すと、コナンは食堂から姿を消した。
食堂から出たコナンが向かった先は、快斗が襲われたと思われるトイレ。
そこにあるゴミ箱をひっくり返すと、トイレ関係のゴミに混じって、
小さめなタオルと、細かな布切れが落ちてくる。タオルの一部は血で赤く染まっていた。
それを見て、コナンが見たのはトイレの床のタイル。
快斗を捜しに来た時にはあったのに、しばらくしてから来た際には
何故か消えてなくなっていた、血痕のあった場所である。
「やっぱり後から犯人が血を拭ったか……。でもこのタオルの繊維質は荒い。
ちゃんとした指紋は残らねーし、証拠としちゃ不十分だ。問い詰めるなら根拠が甘いな。
……にしても気になるのはこの布切れ。色や材質が散らばってるのと全く同じってことは、
元あったものを切り刻んだってことなんだろうけど、誰が何のために……?」
コナンは不思議そうな顔で、散らばっている布切れを見つめた。
確かに色や材質は同じだが、その大きさや形はさまざまである。
扇状であったり、一部が突起していたり、きれいな四角形であったりしている。
「――待てよ? もしかしたら……」
コナンは散らばっている布切れを集めると、それらを切り口に合うように繋げていく。
「なるほどな……。念には念をってわけね」
口元に微かに笑みを浮かべると、
コナンは集めた布切れをハンカチへ包み、ズボンのポケットへしまい込んだ。
「後は下準備だな」
そう呟くと、コナンはトイレを出て自室へ戻り、
そこら辺にあった紙へ二言三言何かを書いて、それを二つ折りにすると部屋を出た。
(えっと確かあの人の部屋は一階の……)
コナンは階段を下りかけて、バッジの音に足を止めた。
「――どうした? 何かあったか?」
『うん。皆、今から食堂出るみたいだよ』
『食後しばらく話してて、今は食器を片付け始めていますから、間違いないと思います』
「お。サンキュ!」
そう言って通信を切ると、急いで階段を下りた。
(部屋は食堂から近けーからな……。急がねーと……)
コナンは一階へ着くと、目的のドアの前で立ち止まる。
その後で、二つ折りにした紙をドアの隙間へ見えるように差し込んでから、
食堂とは反対側の廊下へ身を潜め、目的の人物がやって来るのを待った。
しばらくして目的の人物が戻ってきて、二つ折りにした紙を見たのを確認すると、
コナンは足音を立てないよう、静かに食堂へ戻って行った。
「――あ、おかえり。コナン君」
食堂に入ったコナンは、その声に驚いて顔を上げる。
「蘭……姉ちゃん? ……それに、園子姉ちゃんと和葉姉ちゃんも……。どうしたの?」
「あら、なあに? 夕飯食べに来ちゃ行けないって言うの?」
「……あ、そうか」
園子の言葉に、コナンは初めて今の時間帯が夕食時だと思い出した。
事件が関わると、他のことをすっかり忘れてしまう自分に苦笑いしながら、
食堂で待っていた四人の元へと向かった。
「――ねえ、コナン君! 犯人分かった?」
これにキョトンとした顔で歩美を見返したが、後に自信有り気に口元へ笑みを浮かべた。
「……さぁな」
そう言って、蘭たちの方へ向かうコナンを見て、探偵団は不平を鳴らす。
「おい、コナン! 一人で抜けがけは許さねーぞ!」
「そうですよ! 僕たちだって今回の事件には関わってるんです!」
コナンはその言葉に振り返ると、黙って肩をすくめた。
「死にてーのかよ?」
「え……?」
面食らっている三人を尻目に、コナンは園子へ声をかける。
「ねえ、園子姉ちゃん。一つ訊きたいんだけど良い?」
「何? 今回はやたらと素直に訊いてくるわね。良いわよ、別に」
園子は食事をしている手を止め、コナンの方へ目をやった。
「この船のゴミを最後に捨てたのっていつか知らない?」
「船のゴミ? あれは大体、船が出港する前日にゴミがないかチェックしてるわよ。
まあ、船が入港した時にちゃんと捨てるから、ほとんど残っちゃいないけどね」
「じゃあ、この船が出港してからは、一度もゴミは捨てられてないんだね?」
確認するように訊いたコナンに園子は笑いながら言う。
「バカねぇ! そのゴミを集めたところで、
この海の上漂ってる船の何処にゴミを捨てる場所があるって言うのよ!」
(……ってことはやっぱりあれは、そういうことか)
――その日の夜。時計は間もなく午前一時を差そうとしている。
船内にいる全員が寝静まったであろうこの時間帯。
海の地平線の向こうに見える灯りが海に反射し、ぼやけた灯りを映し出している。
そんな中で聞こえるのは、一定のリズムを刻む波の音のみ。
落ち着きを求める人間には、ちょうど良いシチュエーションと言えないこともないが、
空は闇。海も昼間のような鮮やかな青ではなく、闇の色。
逆に落ち着きすぎて、不気味さすら漂わせる。
コナンは甲板から軽く身を乗り出して、その闇に包まれた景色を理由もなく見つめていた。
腕時計が午前一時を示す頃、遠く後方の方でコツコツと足音が聞こえ出す。
その音に気づいたのか、コナンは視線だけ後ろに動かすが、音のした方へ向き直ろうとはしない。
しばらくして、段々近づいてくる足音が止まる。
それでも尚コナンは後ろを振り返らない。その代わりに、そのままの態勢でこう呟いた。
「――キッドが予告した当日。実際に急所は外したが、あの暗闇の中で目的の人物だけに発砲した。
人が頻繁に出入りしそうな船内で、下手に事件の真相話しちまえば、
あんたが逆上して、拳銃やナイフで周りの人を傷付けかねない。
だからわざわざあんな置手紙を残したんだ。『午前一時、甲板にて』ってな。
フリーダーさんを発砲した事件も、子供四人と大人二人を誘拐した事件も、
影の協力者がいたにしても首謀者はあんただよな?」
コナンはそこまで言うと、ようやく甲板に足を下ろして後ろを振り返った。
振り返ったその目は、目の前にいる人物をまっすぐと見据えている。
「――ウィリアムさん」
2007年度編集では、一部のセリフをカット、原案より伏線を分かりやすくしたらしい。
今回の編集点はほぼない感じ。描写修正もさほどしてないという誘いでは珍しいレベル。
強いて挙げれば、コナンが犯人に当てた文面がドイツ語だったのを、日本語に直した程度。
そのドイツ語すら翻訳機にかけたものだったので、もう良いかとこの度完全に日本語化。
今回の章の最後は、個人的には結構気に入ってるシーン。
当時三コマのイラストを描いたこともよく覚えてる。
恐らく、全体的に劇場版を意識して書いたせいか、犯人指摘シーンもそんな感じになったと思われる。
うん。単純にこんな感じでの犯人発覚シーンを書いてみたかったんだ。