カラッと晴れた日の朝。大型の船に大勢の人間が乗り込んでくる。
一足先に乗船したコナンは、甲板からタラップを見下ろして、乗り込んで来る乗客達を眺めていた。
「あれ?」
何気なく眺めていた乗船客の中に珍しい人物を見つけるが、
それもすぐに視界から消えてしまい、コナンはそれ以上目線で追うのを諦めた。
直後に吹いた潮風に、コナンは後ろを振り返る。船の甲板越しに見えるのは果てしなく広がる大海原。
その少し手前に視線を動かすと、蘭と園子が何やら楽しげに話している。
(……ったく。ホントに思いつきで行動する奴だよなぁ……)
園子の姿を見て、コナンは今自分たちがここに来た経緯を思い出す。
何を思ったのか、何の前触れもなく『船旅に行くわよ!』と言い出した園子を誰が止められると言うのか――。
船旅自体が嫌いなわけではないが、今回の計画を思い出して、コナンはついため息をもらした。
(別に蘭たちだけなら構わねーんだよ。三泊四日の船旅だろ? 何でよりによって……)
「蘭ちゃーん! 園子ちゃーん!」
遠くの方から声が聞こえて来たと思うと、和葉が手を振りながらタラップから船へ乗り込んでくる。
「あ。和葉ちゃん!」
「ゴメンな。わざわざ誘ってもろて」
申し訳なさと嬉しさが入り混じったような和葉に、園子は手を前後させる。
「いいのよ!旅行なんて大勢の方が楽しいんだから!」
そう言うと園子は持ってきていたスーツケースを手に取った。
「それじゃあ部屋まで案内するわね」
「あれ? まだ荷物部屋に運んでへんかったん?」
「うん、和葉ちゃん来るの待ってたのよ。園子が『どうせ三人隣同士だから』って」
三人がそんなことを話しながら去っていくのを、コナンは横目に眺めていた。
その直後に、背後に人の気配を感じたが、振り向こうとはしない。
その代わりに、疲れきったようにため息をもらす。
「……何やねん。姉ちゃんらとはえらい違いの出迎え方やな」
不服そうに言う平次だが、コナンはそのまま海を眺めたままでいる。
「バーロ。大体、俺は呼んでねーよ。蘭の誘いに勝手にノッてきただけじゃねーか」
「何や、冷たいのォ。もう少し、こう歓迎の意を示そうと――」
「荷物まだ部屋に置いてねーんだろ? とっととフロントで鍵もらって置いてこいよ」
不機嫌に睨むコナンに諦めて、平次は無言でその場を去る。
それを面倒臭そうに眺めていたコナンだったが、急に探偵バッチが音を立てた。
「――よう。どうした?」
面白そうに返事を返すコナンの口調に、バッチの向こうでは不満そうな声が上がった。
『おい、コナン! オメー今何処にいんだよ?』
『皆で遊びに行こうと思ったのに、コナンくんトコ行っても誰もいないんだもん』
「そりゃそうさ。全員出かけて――」
『だと思ったから連絡したんじゃないですか。何処にいるんですか?』
コナンは少し間をおいてから、からかうように笑って言う。
「……船の上」
『船の上っ!?』
「ああ。夏休みだからって、園子姉ちゃんが三泊四日の船旅することを決めたんだよ。
で、蘭姉ちゃんに誘いがかかったから俺も一緒に――」
『ええええっっ!?』
三人はバッチが壊れんばかりの大声で叫ぶ。
そのあまりにも予想外の大声に、コナンは思わずバッチを遠ざけた。
『どうして誘ってくれないんですか!』
『そうだぞ! オメー、いつも抜け駆けばっかりしやがって!』
「今更言ったって仕方ねーだろ? まあ、今度こんなことがあったら誘――」
コナンの言葉を無視するように、バッジの奥の抗議の声は止まらない。
『その船、いつ出るんですか?』
「――え? いつって……」
コナンは時計に目を落とした。時計は三時を指している。
「後三十分かな?」
『場所は!?』
「場所は――って、ちょっと待て! オメーら今から来る気じゃねーだろうな!?」
コナンは無意識に居場所を伝えかけて、慌てて言葉を飲み込んだ。
『だったらどうだって言うんだよ?』
「ど、どうって……」
『――分かりました。コナン君! コナン君が場所を教える気がないんなら、僕たちで探しますよ』
その言葉に、コナンは苦笑いする。
「ハハ……。いくらなんでもそりゃ無理だよ。
三十分以内に東京にある海岸沿い、手当たり次第に当たっても見つかる確率は――」
『じゃあ、私たちがもし三十分以内にコナン君の乗ってる船見つけたら、中に入れてくれる?』
「えぇっ!?」
ますます悪化していく予想外の展開に、コナンは驚いて声を上げた。
「でもな……この船仕切ってるのは俺じゃねーし、そりゃ……」
そこまで言いかけたところで、コナンの背後から手が伸びた。
コナンが振り向くより先に、手にしていた探偵バッジが取り上げられる。
「いいわよ! 三十分以内に見つけられるもんなら、見つけてごらんなさい!
まあ……そうね。見つけられたときを考慮して、
三泊四日泊まるのに不便しないような用意位してらっしゃいよ?
船には着替えなんてないんだから。まあ、せいぜい頑張りなさい!」
「……そ、園子姉ちゃん?」
バッジを取られてから、コナンが振り向いた先にいたのは、おおよそ財閥の娘とは言えない令嬢。
彼女の言葉に唖然として瞬きもしないコナンに、園子は愉快そうにバッジを返す。
「いいじゃない。こういう一種のゲームみたいなのは好きよ♪
それに、部屋はまだ残ってるんだから、困んないしね。だから大丈夫よ」
(そっちが困らなくても、こっちが困んだよ!)
だが、その理由を素直に言えるはずもない。
『おい、コナン! じゃあ俺たち行っても良いんだな!?』
そんなコナンの愚痴もいざ知らず、バッジの奥からは歓喜の悲鳴が上がる。
急激な自体の進展に、ついにはコナンも諦めた。
「……見つけられれば、だぞ?」
『なめないで下さい。コナン君! 僕たちは少年探偵団ですよ?
これ位のこと出来ないでどうするんですか!』
『じゃあ、コナン君! 絶対三十分以内に船動かしちゃダメだからね!』
そう言った途端、勢いよくバッジの電源が切られた。
見つかるわけがないと思う反面、やりかねないという気持ちがそれぞれ交錯して、
安堵感と気の重さのあまり、コナンは無意識に首を左右に小さく振った。
「でもコナン君。歩美ちゃん達に言ってなかったの? 今日のこと」
「え? あ……うん」
「どうして? 呼んだらよかったのに……」
――気が重いから。
などとは口が裂けても言えまい。
「えーっと……あ、ホラ。蘭姉ちゃん、和葉姉ちゃんたち呼んでたから、
後五人もスペースないかなぁ、と思ったんだよ」
「へぇ? そんなちっぽけな船しか持ってないとでも思ったの?」
企むような冷たい視線で園子に見下ろされ、コナンは顔を引きつらせて後ずさる。
「いや……その……。僕たちの他にもお客さんいる、って聞いてたから……」
「そう言えば園子、そう言ってたよね? 他のお客さんって誰なの?」
蘭に訊かれて、園子は少し考え込むように顎を上げると、そこへ人差し指を当てた。
「えーっとね……確かドイツだったっけ? そこの富豪とその側近が旅行するとかでね。
それぞれの国、都市で船借りて船旅してるんだって。で、東京は私たちの船を貸すことになったのよ。
そしたら日本の文化に触れたいとかで、一般人である私たちも船に同乗してほしい、って頼まれて……。
私だけじゃ楽しくないし、と思ってそれで蘭たちも誘ったのよ」
「ド、ドイツからのお客さんなんっ!?」
「ああ。心配しなくっても、ちゃんと通訳の人は……」
「ちゃうて……! そんな偉いさんと一緒の船に乗ってるん!?」
「やーね!偉い人って言ったって、せいぜい会って食事の時くらいじゃない?」
片手を上下させて笑いながら言葉を返す。
そんな様子を、いつの間に戻ってきたのか、平次が遠めに見ながら感心した様子で呟いた。
「……度胸あんなぁ、あの姉ちゃん。さすがエエとこの令嬢やで」
「いや。園子の場合、度胸あるって言うよりは、怖いもの知らずなだけだよ」
「おい工藤。お前も十分落ち着いとらんか?」
怪訝そうに言う平次に対し、コナンは苦笑いして肩をすくめる。
「ガキの姿な分、気が楽なだけさ。それより俺が気になるのは……ねぇ、園子姉ちゃん!」
不安からか、心配そうに何かを言っているらしい蘭たちから視線を変えて、
園子は、応答に答えるかのように、コナンの方を振り返った。
「さっき、中森警部見かけたんだけど、中森警部も呼んだの?」
「中森警部? ――呼んだには変わりないけど、彼を呼んだのは側近の人でしょ?」
「側近の人が? 何でわざわざ中森警部を? 狙われる心配とかがあるんなら、捜査一課の……」
「捜査一課じゃダメよ。狙われるのは人じゃなくて宝石だもの!」
「え……? それじゃあ、もしかして……」
心なしか、そう言う園子の目が輝いている。
その様子と、園子の言葉から、コナンは一つの考えを思いつく。
しかし、それを確かめるより早く、船の下方で声が聞こえて来た。
「あ! いたーっ! ――コナンくーん!!」
コナンがその声に驚いて船から下を覗くと、歩美たちが手を振っている。
五人中三人は、してやったりなニンマリとした表情を浮かべながら。
(げっ……!?)
「へぇ。結構、短時間で見つけれるもんね」
少し驚いたように呟いてから、園子は船から顔を出した。
「それじゃあ入ってらっしゃい!」
歩美たちが乗り込むと、我先にと言わんばかりに、船内を駆け巡りだした。
そのあまりにも予測していた行動に、コナンは顔に手を当てると、勢いよく肩を落とす。
「――ご愁傷様」
からかい気味にかけられた言葉に、コナンは顔を上げた。
その先にいた、哀と博士にコナンは疲れきったように訊く。
「大した勘だな。何回目で……」
「あら。勘でもなんでもないわよ。ここの港へ最初に来たんだから」
「えっ!?」
コナンが目を丸くして哀を見る。
「まっすぐって……。何で分かったんだよ? ヒントになるようなことは一つも……」
「探偵バッチの電源、入れたままでしょ?」
「え……? ああ……」
「だからすんなり辿り着いたのよ。――ホラ、これ」
そう言って哀はポケットからメガネを出してみせた。
「――っ! それ……」
「私が持ったままなのよ。追跡メガネのスペア」
「そいつがあったのかよ……。おい、灰原それこっちに……」
コナンが手を伸ばしかけると、哀はメガネを持っていた手を引っ込めた。
「……おい?」
「嫌よ。これを取り上げでもしないと、あなた本当に組織へ一人で行く気でしょ?」
「っのなぁ! オメーあの時、こいつがあったからヤバイ目に……」
「私よりはあなたの方が危ない目に遭ってるはずよ。ともかく当分は返さないわ」
そう言うと、船の中を駆け巡っている三人の方へ歩いて行った。
「おい! 灰原!!」
後を追おうとするコナンを博士が止める。
「スペアが必要な時はワシがいつでも作ってやるよ」
「……いや。そういうことを言ってるんじゃ……」
「まあ、今回はええやんけ。あのちっこい姉ちゃんが言うことにも一理あるし、な?」
「……」
二人に言われ、コナンは不満そうにそっぽを向いて海を眺めた。
2007年度時点で大した編集していなかったらしい章。今回もそこまで激しい編集はなし。
多少描写修正と追加、後はドイツの皇族というあり得なかった設定を、富豪に変更した程度。
むしろ章数が多すぎて、各章リンク表示をいかに邪魔にならないようレイアウトするのかが、大変だった。
一応、現章が表示されているリンク部分の背景色は他小説と同様にして、それ以外の背景色を薄めに。
当時のあとがきを読むに、各章にサブタイトルを付けるようになった先駆け小説だったそう。
今回の一斉編集で、探怪以外のサブタイトルは削除してますが、何となく探怪は継続。
後、後々の編集のしやすさを考えて、一度隠しページで連載終わらせた後、見直し期間を経て、
しばらくしてからサイトへ本上げしたという、いわゆる某所小説のきっかけになった小説。
元ネタは銀翼初期案「コナンとキッドが協力して暗殺計画を阻止する」inパンフ
こんなのオフィシャルでいつお目にかかるか分からない!と、勝手に書き出したもの。
今になって思うと、その次のキッド映画である天空に、初期案入れたのかなと思う。
無駄に登場人物が多いのは、当時、探怪がシリーズ化してなかったがために、
平次他入れてカモフラージュ&映画っぽくしてしまえ!だったそうです。