殺人への誘い 〜Epilogue:西の探偵〜


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「――平次! どないしたん!? その怪我……」

 朝、食堂に入ってきた平次を見た和葉が声を上げる。
船内にある医務室で、朝起きてから傷の手当てはしてもらっているのだが、
頭には包帯が巻かれているし、歩く時は足を引きずっている。
平次は和葉達が食事をしている傍のテーブルに腰掛けると、平然と言ってのけた。

「どないした、て……犯人とやり合った時に撃たれただけや」

「『だけ』とちゃうやん! ……大丈夫なん?」

 心配そうに言う和葉に、平次は呆れたように返事を返す。

「アホ。死にそうに見えるか?」

「そうやけど……」

 まだ何か言いたげな和葉を尻目に、平次は和葉達が食べている料理を覗き込んで、蘭の方へ目を向けた。

「なあ、姉ちゃん。アンタらが注文したメニューなんなんや?」

「――え? ……普通のモーニングセットだけど」

「モーニングセットなァ……。まぁええか。ホンなら俺も……」

「ちょー、平次! 話聞いてェや!」

 そう言いながら、和葉はバンッとテーブルを叩いた。
それに平次は驚いた様子は見せないで、鬱陶しそうな表情で和葉を見る。

「別に何も聞くことあらへんやろ。あれ以上、何があんねん」

「なかったら言わへんわ! ……何でそんな危ない事ばっかするん?
 危ない思たら逃げたらええやん。何も自分から好んで死にに行くようなことせんかて……」

「探偵に多少の危険はつきモンや。これ位で怖気づいとったら探偵なんか務まらんわ」

 そう言われ、和葉は物悲しそうな顔を見せる。

「……そらそうかもしらんけど、それでもし死んだらどないするん!?」

「そん時はそん時や。――大体なァ、よっぽどの事があらへん限り、
 殺されるようなヘマなんかするかっちゅうねん」

 呆れたように言う平次の言葉に、和葉はついに平次を睨む。

「何やの! その言い方! 人がせっかく心配したったってんのに!」

「俺はお前に心配してくれ、て頼んだ覚えはあらへんで」

「何やてェ!?」

 平次に掴み掛かりかねない和葉に、蘭と園子が慌てて止めに入る。

「あ! でも大事に至らなくて良かったじゃない!」

「そ、そうそう! 発砲事件の犯人だって捕まったわけ……って、犯人誰だったの!?」

「ああ、犯人か? ウィリアムさんや。
 今朝中森っちゅう警部に事情話して、監視してもろてるとこや」

 人名と顔がすぐに一致しなかったらしく、園子は一旦首を傾げた。

「ウィリアム……ああ! あの通訳の一人ね!」

「ついでに、あのライラック・サイスっちゅう宝石盗んだのもキッドやのーて、
 ウィリアムさんやてあのボウズが言うとったわ」

「……けど二つとも盗みます、っちゅう予告状が来とったんとちゃうん?」

「いや、それがどうもそうやないらしい。まあ、最初から話しとったら長なるから言わんけど、
 ライラック・サイスの予告状はウィリアムさんの偽装工作やったんや」

「ふーん……」

 いまいち理解しづら様子で、和葉は怪訝そうに首を傾げた。

「せやけど平次。コナン君は? 一緒とちゃうん?」

「え? ああ……あのボウズか……あのボウズなァ……」

 今回の事件で一番傷が酷いのはコナンである。
そうすんなりと動けるわけもなく、自室のベッドで横になっているのだが、
さすがにそれをそのまま伝えるわけにもいかない。
平次がどう説明しようか迷っていると、背後から声が上がった。

「コナン君なら、部屋のベッドで横になってるよ」

 それに驚いて後ろを振り向いた平次の視線の先にいたのは、子供達四人。

「でも平次お兄さん、さっきコナン君のお見舞いに来てたのに忘れちゃったの?」

「え……?」

 思わぬ発言に、平次は顔を引きつらせた。

(アホ! そんな事言うたら、相当な怪我負ってるてバレるやろうが!
 こっちは工藤から『変に心配かけさすな』て口止めされてんねんぞ!?)

 文句を言ったところで、知らない彼らとしては仕方ない。

「でもコナンの奴、思ったより元気そうで良かったよな!」

「ええ。夕食の時、変なこと言ってたんで気になってましたし」

 ここまで言われて、何のことか気にならない人間もそういまい。

「ねえ? 今の話何のこと?」

「コナン君ね。犯人に拳銃で撃たれちゃって、今部屋で休んでるの」

 歩美の言葉に、蘭たちは驚いて目を見合わせる。

「え……ホンなら……犯人と争ったん平次だけとちゃうん?」

「はい。コナン君も……」

「平次! それならそうと、蘭ちゃんに言ったりィや!」

 身を乗り出した和葉を、平次は慌てて両手で制した。

「いや……俺はあのボウズから、その……姉ちゃんに余計な心配かけさすな、言われとってやなァ……」

「せやからて……なあ、蘭ちゃん!」

 不満そうな口調で言う和葉に、蘭は肩をすくめた。

「うん……。危ないことに首突っ込まないでね、って言ったんだけど……。
 あ、でも服部君が悪いんじゃないんだから、気にしないで」

 苦笑いして言う蘭を見て、和葉は平次を無言で睨みつける。
そこから漂う言い知れない威圧感に、平次はバツが悪そうに目を逸らした。
その状況を、探偵団は不思議そうに眺めてから、思い出したように手を叩く。

「――あ、そうだ! 平次お兄さん! 預かり物があるんだった!」

「……預かりモン? あのボウズからか?」

 不思議そうに言う平次に、哀が首を横に振った。

「もう一人の方よ。さっきまで食堂にいたみたいだけど。
 多分、それを私達に渡してから出て行ったみたい」

 そう言いながら、哀は平次に一枚の紙切れを渡す。

「……もう一人の方?」

 平次は怪訝そうな様子で紙を受け取ると中身を開けた。

『――痴話ゲンカと、他の話が終わって手が空いたら、食堂出てくれねーか?』

 書かれてたのはその一文だけだったが、平次はその文面に不満そうに眉を寄せた。

(――誰が痴話ゲンカや!)

「……ホンで? もう一人の方て誰のことやねん?」

「あら、分からないの?」

「快斗お兄さんのことだよ?」

「へっ!?」

 驚いて声を上げた平次に、その場にいた全員が目を丸くした。

(……ちょー待て。アイツ無事なんか?)



 しばらくしてから平次が食堂から出ると、すぐに横から声がかかった。

「お。意外と早かったな。もう少し時間かかるかと思ってたんだけど」

 声のした方を振り返ると、壁にもたれながら快斗が立っていた。

「……アンタ死んどらんのか?」

「人を勝手に殺さないでもらえます?」

「いや、そらそうやけど……あの爆発やで?」

 目の前の状況が理解しがたいような平次に、快斗は面白そうに笑った。

「何か言ってたろ、探偵君の方が」

「……言うとったな。アンタの安否確かめに行くか? 言うたら、
 生きとるから行く必要あらへん、て返してきよったわ。……けど何で分かったんやろか?」

「あの爆発があってから、一回会ってるからだろ?」

 サラリと言う快斗に、平次は目を丸くした。

「会ってたて……それ工藤も言うとったけど、いつなんや一体?」

「さあ、どうでしょう? 俺が話す気になったら話してやるよ。――んで? 今、探偵君の方は?」

「工藤か? 怪我の具合は命に別状はあらへんけど、大事取って部屋で休んどるわ」

「……まあ、それが一番最適だな。じゃ、俺は様子見に行ってくっかな」

 そう言って客室の方へ戻る快斗を、平次は慌てて呼び止めた。

「ちょー待ち。アンタ何のために俺をここに呼んだんや?」

「簡単に言うんなら、無事を知らせるため。
 名探偵と違って、西の探偵の方は、俺が助かってるって確証が持てねーだろうからな」

「……え?」

 狐につままれたような顔をしている平次を見て見ぬふりしながら、快斗は再び客室の方へ歩みを進めた



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