恐らく快斗も犯人に捕まったのだろうと推測した後、コナンと平次は甲板へと向かった。
「おい、工藤。どないする?
あの妙にはしゃいどったガキらもそうやけど、万が一殺されとったら――」
「いや。恐らくそれは大丈夫だ」
言い切るコナンを平次は不思議そうに目をやる。それに気付いたコナンは、軽く笑って平次を見返した。
「その根拠、訊きたそうだな」
「そらそうやろ。『大丈夫やと思う』とかやったらまだ分かるけどやな」
「別に深い意味はねーよ、感覚的に何となくな。たとえ殺されそうになっていたとしても、
いざとなったら、自分たちで何とかする奴らだし、どうにか切り抜けてるさ。それに――」
途中で言葉を切ると、かけているメガネのふちを軽くトントンと叩いた。
「最悪の場合、これであいつらの居場所分かるからな。一大事には――」
「ちょー待て! それやったら、何で最初からそれ使て、あのガキら助けんかってん!?」
コナンの言葉を遮る形で驚いて言う平次に、コナンは呆れた視線を向けた。
「バーロ。単独犯か、複数犯かも分からねーのに、準備なしに監禁場所へ潜り込めるかよ?
もしそれで逆にこっちが犯人に捕まった場合、誰があいつら助けんだ?」
「そ、そらそうやけど……」
「――とりあえず、問題は犯人の割り出しだな。
被害者であるフリーダーさんは除くとして、容疑者は六人。
ただ、犯人が単独犯なのであれば、ゲオルクさんは除外されるか」
「せやな。あの兄ちゃんが襲われた時には、俺らと一緒におった。
あのガキらにしても、工藤にしても、兄ちゃんにしても、
何らかの形で、フリーダーさん殺人未遂の手がかりになるようなモンを見つけた、て
向こうが思い込んで起こした犯行に、まず間違いあらへんからな」
「となると……また容疑者に話聞きに行かねーとダメか……。おい、服部」
平次は顔をしかめると不満そうに言う。
「分かっとるわ、聞き込みに行くことくらい」
「いや、そうじゃねーよ。
後で合流するから、聞き込み、先にやっといてくれっつったらどうする?」
「せやなぁ……」
平次は少し考えた様子を見せてから、コナンを見て面白そうに言った。
「合流する前に何すんねん? って訊こか?」
「あのな、俺が訊いてるのは……」
呆れたように返すコナンに、平次は楽しそうに笑う。
「冗談や、冗談。別に他の用事があるんやったら、何人か先に訊いとったんで」
「悪いな」
「けど、ホンマに何の用があんねん?」
不思議そうに訊ねる平次に、コナンは難しそうな顔をしながら答えた。
「……ちょっと、考えたいことがあってな」
平次が船内に戻って行くと、コナンは甲板から難しそうな顔で海を眺めた。
(……単独犯じゃねーだろうな、この事件。誘拐されたのは合計五人。
そんな大人数を一人で見張ることが可能だとは思えない。常に見張ってるならまだしも、
知り合いがその人物を全く見かけなかったら、いくらか不思議がるだろ。それに――)
一旦そこで思考を止めて後ろを振り返った。
今自分がいるのは、子供四人との交信が途絶え、すぐさま向かった甲板。
そこにあった壊れた探偵バッジの破片と、自分が襲われたその一点を見つめる。
(あいつらが犯人に捕まったかもしれないと俺が勘付いて、甲板に駆けつける時間は五分とかかってない。
そんな短時間で、監禁場所に人を連れて行き、また戻ってくるなんて芸当普通は無理だ。
もしそれが可能であるなら、この甲板に子供四人も隠せるスペースがある場合だが……)
念のため甲板をくまなく調べてみても、隠しスペースはおろか、収納スペースも見当たらない。
仮にからくり屋敷のように、何か仕掛けがあるとしても、この船は鈴木家自前のものだ。
今回初めて乗った人間が、その仕掛けを熟知しているとも到底思えまい。
(だとすると、犯人は二人以上としか……でも待てよ?
事を起こしてる犯人が一人で、他の人間は何も知らされず手伝わされている、
なんてことは――って、んなこと不可能に決まってるか。
事件とは関係なさそうなガキを監禁してる時点で、気付くよな、普通……)
良案だと思いつくが、冷静に考えて不可能なことに気付く。
コナンは軽くうなだれると、深々とため息をついた。
(……考えててもしゃーねーか。とりあえず――)
コナンは携帯を取り出すとボタンを押す。
受話器の奥でしばらく呼び出し音が聞こえた後、相手が出た。
『――おう、何や?』
「服部か? 今から合流しようかと思うんだけど、オメー今何処にいる?」
『今か? ゲオルクさんらと、通訳の兄ちゃんらが終わって、
丁度アルベルトっちゅう兄ちゃんトコに向かってんねや。せやから……』
平次が辺りを見渡すと、食堂が目に入ってくる。
「せやな! 今、食堂の傍におるし、そこで待っといたるから、そこ来いや」
コナンは食堂で平次と合流してから、アルベルトの部屋へと向かった。
「――あ、そうだ。ゲオルクさんたちのアリバイどうだったんだ?」
「アリバイか? 誰もあらへん。まあ、あの兄ちゃんの一件に限って言うたら、
ゲオルクさんはアリバイ成立やろうけどな。
さっき工藤が言うてたように、複数犯やったらアリバイあっても同じことやけど……」
「……そのことなんだけど、単独犯だとしたら色々無理な点があんだよ」
「無理な点?」
不思議そうに訊き返す平次に、コナンは今しがた思いついた考えを説明する。
「まあ言われればそうやけど……。
あのガキらの一件は、犯人の方がどうせ工藤が来るて読めたやろ?」
「そりゃ、そうだろうな。でなきゃ、甲板になんて戻って来ねーだろうし」
「それ分かっとったら、あのガキらをどっか死角になるような所に運んどって、
工藤が来てから、どうにかするつもりやったっちゅうことも可能やで」
これに、コナンは呆れたように言葉を返す。
「俺が甲板に着くまで五分もかかってねーんだぞ? かかってせいぜい二〜三分だ。
そんな短時間で、子供四人も何処かに運んで行けるか? しかも一人で」
「……工藤、お前どうしても複数犯にしたいんか?」
怪訝そうに訊く平次に、コナンは不満そうに答える。
「何でそうなるんだよ?」
「せやかて、単独犯の犯行や、みたいなこと言わへんやないか」
「確かに今回の事件、俺は単独犯の犯行には否定的さ。
単独犯にしちゃ、不可解な点が多すぎんだよ。
でもだからと言って、単独犯だという可能性を捨てたわけじゃない」
平次はチラッとコナンを見やってから、視線を元に戻して呟くように言った。
「単独犯か複数犯か、確実やあらへんけど、決める方法はあるけどなァ……」
「――えっ!?」
目を丸くするコナンに、平次は困ったように顔をしかめて頭を掻いた。
「けど、そないな偶然が重なる時がある時はあるやろうから、確かやとは言えんけどな」
「どんな方法なんだよ?」
そう訊ねたコナンを、平次は煮え切らない表情で見た。
「――全員、アリバイなしやな」
一通り聞き込みが終わり、ロビーに来たコナンと平次。
とりあえず二人は、置いてあるソファに腰を下ろして一息つくことにした。
「ああ。おまけに都合良く、全員自室にいたわけだけど……」
「自室におったんは、たまたまやっちゅう可能性があるにしたかて、
誰もが誰も都合良く部屋におるっちゅうんもまた考えもんやで。
――どや? 複数犯やと思うか?」
「俺は元々、複数犯の可能性が高いってのを推してるよ。
ただ、自室に全員がいたとなると、一つ妙な点があるな」
平次はこれに、不思議そうな様子で目を瞬いた。
「オメーがさっき言ったように、聞き込みの際、全員が自室にいた場合、
複数犯の可能性が高い、っつーのは確かだ。
仮に犯人が二人だとして、常に自室に滞在している犯人が一人。
今みたいに聞き込みがあった時、携帯か何かで連絡し、自室に戻るよう促す役目としてな」
「聞き込みの際に自室におったら、少なくとも監禁場所にはおらんっちゅうこっちゃ。
発砲事件のアリバイはないにしても、誘拐事件に関しては無関係やて言い張れる。
『誘拐されている時には、自室にいましたよ』とでも言うんやろな。
――ホンで? それのどこが妙やねん?」
「全員が自室に戻ってんなら、誰が見張りをするんだよ?
いくら自分の聞き込みが終わったからといって、俺たちがもう訪れないという確証はないはず。
確認か何かのためにまた訊きにくるかもしれないからな。
『その時に部屋にいなくて、変に何かを勘ぐられたら……』とか思うだろ?
仲間の一人が自室で待機してる、っつー工作をするくらいの奴らなんだとしたら、
捜査してる人間の裏をかこうとするさ。だとすると、少しの間は自室に残ってるはずだよ」
「監禁場所に見張りがおらへん間に、あのガキらが逃げ出す危険を冒してまで、
そないなことはせぇへんっちゅうわけか?」
「おそらくはな。例えばオメーが犯人だった場合、
見張りがいないってのに、監禁場所から離れたりするか?」
提案されて、平次は少し唸った。
「……まあ時と場合によるやろうけど、大概は、見張りあらへんのに、
人質そのままほっぽってどっか行くっちゅうんはまずないやろな。
万一、逃げられて真相話されたらシャレにならんし」
「だろ? 犯人が全員そういう行動をしているとしたら、辻褄が合わねーんだ。
周りに、犯人がいないのなら、何とかして逃げ出そうとするさ。
少なくとも、バッジで連絡くらい出来る。それが無いってことは、未だに捕まってる可能性が高い。
逃げるチャンスはいくらだってあるにもかかわらず、な」
「見張りが誰かおる、っちゅう解釈も出来んことはないやろうけど、
容疑者全員部屋におったしな」
コナンと平次は顔を見合わせて、肩を落とすとため息をついた。
「まだ見通しつきそうにねーか……」
「監禁されとる誰かに連絡取れたらええんやけど――って、おい工藤」
腰を下ろしていたソファから立ち上がり、何処かへ行きかけたコナンに、
平次が不思議そうに声をかける。
「何処行くねん?」
「何処って……トイレだよ」
キョトンとした様子でコナンは言葉を返した。
「……さよか。――あ、けど気ィつけや」
「誰がアイツみたいに襲われるかよ」
「よー言うわ。三人ん中で真っ先に襲われたんは誰や?」
コナンはムッとして何かを言いかけたが、内容自体は確かに事実だ。
文句を言うのを諦めて、そのまま無言でトイレへと向かった。
向かったトイレが、快斗が襲われたと思われるトイレだったことに、コナンはトイレを出てから気が付いた。
その時の違和感を思い出して、コナンはトイレへ戻るとタイルに視線を落とした。
やはり何かが気になって、コナンはその場にしゃがみ込む。
そのまま床全体を見渡すが、一切の汚れが見当たらないことに、コナンは首をひねった。
(確かあの時はあったはずだよな……?
誘拐した痕跡を消すために、血を拭った可能性が高いけど、何でわざわざ……?)
奇妙に思いつつも、ロビーへ戻ったコナンは、そこで別の違和感に気付く。
ロビーに戻ると、今までいたはずの平次の姿も見えなかったのだ。
別のトイレにでも行ったのかと、しばらく待った。
――十分、十五分。いくら待っても平次が現れる気配がない。
不思議に思って、平次の携帯に電話をかけてみたコナンだったが、
呼び出し音が途切れた後に聞こえてきたのは、期待していたものではなかった。
『お客様のおかけになった電話番号は、電源が切られているか、
電波の届かないところにあるため会話が出来ません』
コナンはそれを聞くと、携帯を閉じた。
それと同時に、苦い顔をしながら軽くため息をもらす。
「……冗談じゃねーぞ。これ以上」
2007年度時に編集したらしい記録はあれど、編集箇所の記録はなし。
ただ、今回は描写修正多少、というレベルなので、ほぼ編集なし状態。
基本的に、推理章メインの場合、元々設定変えようがないせいなのか、
もしくはセリフで話してる部分が多いせいで、そこまで編集が必要ないのか。
そして平次行方不明。
ここで、自由に動ける人間としてコナンを選ぶのが私らしいなぁ、とつくづく思う。
そしてふと思ったのが、快斗が襲われる経緯は多少なりとも書いてるくせに、
平次が襲われる経緯に一切触れてないんですよね。当時その経緯考えてたのかすら微妙ですが。
どこかのタイミングで入れられそうだったら追加しておこうかな。