殺人への誘い 〜第二十章:捜査〜


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Epilogue【おまけ】: >>怪盗  >>西の探偵  >>東の探偵  *** Epilogue: >>入港 / 正体バレ編: >>痛手  >>追及





 食堂で夕飯を食べながら、コナンは早速四人に監禁時のことを聴きだした。

「――犯人の様子はおいおい訊くとして、まずは甲板の事件の話だ。
 オメーらが監禁されることの発端にもなった筈だけど、あの時、甲板で何見つけたんだ?」

「……あまり身を乗り出しすぎて、見つかってしまったら元も子もないですから、
 辛うじて少し見える程度の場所から覗いてたんで、詳しくは分かりませんが、
 誰かが拳銃を持って甲板にいた、というのは確かです」

「相手は一人だったか?」

 そう訊かれ、光彦が空しく首を左右に振った。

「見る限りでは……。ですけど、こちらから見てた分では死角が多かったですから……」

「“見えた範囲では”ってことか」

「……はい」

 コナンは息をつくと頭をかいた。
船内に刑事がいる状況では、捜査の為に室内を調べるという可能性もなくはない。
本来ならば、フリーダーは殺されるはずだった以上、犯人の犯行は失敗に終わっているはず。

 船旅の間に、再度事件を起こすつもりならまだしも、事件を起こさないつもりならば、
必要のない拳銃を持っていては、自分で自分の首を絞めてしまうことになる。
かと言って、船内の何処かに捨てたのでは、拳銃が見つかった場合、そこから足がつかないとも限らない。

 拳銃を甲板まで持ってきたのが、海に捨てるためだった、ということも考えられる。
海に捨てたことが分かったとしても、海中から拳銃が見つかる頃には日本を離れている。
自分がやったという証拠を消すには、絶好の方法だ。

「なぁ。確かオメーらが甲板で拳銃持った奴を見た時、話し声が聞こえたって言ったよな?」

「ええ。言ったと思うけど」

「で、拳銃持ってた方が怒鳴ってたんだろ?」

「はい。多分ドイツ語だったんじゃないんですか? 聞いたことありませんでしたし……」

「話し声ってことは二人以上はいたってことなんじゃ……?」

 コナンに言われ、他の四人は示し合わせたかのように首を横に振った。

「さっき光彦君も言ってたけど、拳銃持ってた人以外は見えなかったよ?」

「……でもなぁ。話し声ってことは、相手がいるのが普通だろ?
 もしそいつが一人なんだったら、ただの一人芝居にならないか?」

 怪訝そうに言うコナンの言葉に、探偵団三人が不満そうに口を尖らせる。

「そうは言いますけど、ホントに一人しか見えませんでしたよ? ――ですよね?」

「そうだぜ! 四人で見てたんだぞ、見間違えるわけねーじゃんか!」

「……そりゃ、そうだよな」

 不満げに言われ、それもそうかと納得すると、食べかけの食事を再開した。

(でもそうだとすると妙だ。もし、甲板に一人でいて話し声が聞こえたとしたら、
 独り言と取れねーこともないが、怒鳴り声となると……)

「それじゃあ、オメーらが見た奴って携帯持ってなかったか?」

「携帯……ですか?」

「――あ! 持ってたよ! 白い携帯だった」

 光彦が答える代わりに、歩美がその続きを引き取った。
その歩美の言葉で理解したように、哀が小さく頷く。

「なるほど? 怒鳴るなんて突発的に起こる行為じゃないから、
 携帯で話してた言葉を受けて発せられた言葉、ってこと?」

「ああ、おそらくはな。――それで? その怒鳴ってた奴、男か女か分からねーか?」

「……怒鳴ってたのは男の人じゃないでしょうか? 高い声とも思いませんでしたし……
 でもだからと言って、かなり低い声ってわけでもありませんでした」

「それじゃあ、オメーらが監禁されてた時にその部屋にいた奴は、
 甲板でオメーらが見た人物と同一人物か?」

 四人は困ったように顔を見合わせると、複雑そうに首を傾げた。

「……分からないんです」

「分からないって……何回かは話したんだろ? その時の声質とかで……」

「無理よ。私たちが監禁されてからの会話は筆談だったもの」

「筆談!?」

 思わぬ結果に、コナンは思わずオウム返しした。

「うん……でも、平次お兄さんや快斗お兄さんたちが来るまでは会話なんてなかったよ。
 私たち、日本語じゃなきゃ分かんないし……話そうと思っても出来なくて……」

「で、あの兄ちゃんたちが、犯人と話したんだよ」

「猿ぐつわをされてなかったから、こっちは口頭で、向こうは筆談でね」

「……あいつらってドイツ語話せたっけ?」

 今までのやり取りで、ドイツ語の知識があるのは何となく分かってはいるが、
いざ話すとなると、コナンの中で疑問が浮かんだ。

「あぁ、それなら犯人が最初に英語で訊いたのよ。『ドイツ語話せるか?』ってね」

「『明確には無理』って答えたら、犯人が英語で書いてきたんです」

「なるほど? ――なら、もう一つ。筆談だとしても姿は見てるわけだろ?」

「姿は見てますよ。……でも多分、コナン君が知りたいことは分からないと思います」

 そのどこか曖昧な言葉の意図を訊こうとして、逆に元太が訊いてくる。

「コナンが言おうとしてんのは、犯人の顔だろ?」

「え? ……ああ、まあ……」

「じゃあやっぱり無理だよ。犯人の人、マスクかぶってたんだもん」

「マスク!?」

 次々に出てくる予想外の言葉に、コナンはいちいち素っ頓狂な声で返す。

「まるで、銀行強盗がかぶるようなマスクをしてました」

「分かるのは背格好くらいなものだけど、これも参考にならないわよ。
 中肉中背。要するに平均的な体型。容疑者である、ドイツからの客人が、
 全員そういった人たちなんだから、当然と言っちゃ当然でしょうけど」

 肩をすくめて淡々と言うと、ゆっくりカップを口に運ぶ。
その答えに、コナンは疲れたように息を吐くと、苦笑いして四人を見る。

「オメーらが、すんなり解放された理由が分かった気がするよ……」

 呆れたように呟くが、次に思いついた疑問に表情を曇らせた。
解放された理由が、自分の正体がバレる程情報を握っていないから。
というものであれば、どうして甲板で四人を誘拐したのか、という疑問が思い浮かぶ。

 状況や理由がどうであれ、逃がしたことに変わりはない。
結局、逃がせる程度の相手なら最初から捕まえなくても良かったはずである。
むしろ、大して証拠を掴んでない人間を監禁する方が、犯人にとっては命取りだろう。

 何回か顔を合わせていては、雰囲気で誰か分かってしまう可能性がある。
かなり注意深いと予想される犯人が、その可能性は考えなかったというのだろうか――。

「――そうだ! ねえ、コナン君! 今キッドの予告状持ってる?」

「……へ? まあ、持ってるこた持ってるけど……」

 出し抜けに言われた歩美の言葉に、思考は中断された。
おまけにキッド自身は、既に昨日の晩に現れている。今更予告状は何の意味もない。

「見せてもらっても良い?」

「ああ、別に全然。――ホラ」

 コナンは、ズボンのポケットから二枚の予告状を取り出して、歩美へ手渡す。
元太と光彦も興味津々に歩美の近くへやって来て、予告状を覗き込んだ。
考え事をしながら食べているコナンとは違い、いつの間にやら四人の皿は綺麗に片付いている。
それに気付いて、コナンは慌てて多少冷えてきている料理を食べ切った。

「でもオメーら今更予告状見ても何もねーだろ? 犯行があったのは昨日の晩じゃねーか」

「違いますよ! 僕たちが興味示してるのはそこじゃありません」

「じゃあ一体……?」

 訳が分からない、という顔で三人を見るコナンに、哀が意地悪く笑った。

「ただ監禁されてるだけじゃつまらないだろうって言って、
 後から連れて来られた二人が、今回の事件のあらまし教えてくれたのよ」

「その時に『キッドの予告状が関係してるかもしれない』って聞いてよ。
 見せてくれって頼んでも、二人共持ってねえっつーから、誰が持ってるか訊いたんだ」

「そしたら、中森警部に渡してなきゃ、多分コナン君が持ってるって教えてくれたの」

「……それで見てみようと思ったわけね」

 話を聞いて、どこまでも緊張感のない行動に、呆れ返ってため息すら出ない。

(監禁されてるくせに、その状況利用して遊ぶなよ……)

「そうだ、コナン君。二人から事件のあらまし聞いてて思いましたけど、
 キッドに対しての考え方が、平次さんと快斗さんと正反対ですよね」

「……正反対?」

 顔をしかめて光彦を見るコナンに、光彦は頷きながら続ける。

「ええ。平次さんはどちらかと言うとキッドに否定的で、快斗さんは肯定的なんです」

「……」

 最初この言葉に、コナンはキョトンとした様子で光彦を見たが、じきに可笑しそう笑い出す。

「そりゃそうさ。あの二人の立場上、そうならねー方がおかしいんだよ」

 盗んだ宝石は、最終的には持ち主に戻る。
被害があるのは損壊を受けた物の弁償金位なもので、蓋を開ければ大した被害ではない。
しかし、犯罪は犯罪である。捕まえる側にある探偵が、その犯罪者に関して否定的であり、
その犯罪者本人からしてみれば、肯定的になるのも、至極当たり前なことだ。
だが、そんな事情の知らない光彦は不思議そうに、ただただ首を傾げた。



「――あら? それ、怪盗キッドさんからの予告状?」

「え?」

 突然後ろからかかった言葉に、五人は驚いたように後ろを振り返る。

「こんばんは、コナン君」

「あ、フリーダーさん。こんばんはー」

 にっこり笑いながら声をかけてきたフリーダーの後ろには、
フリーダーの他に六人の人間が立っている。

「もしかして、皆で晩ご飯?」

「ええ。食堂で食べるんなら、せっかくだから皆を誘おうと思って。――コナン君たちも?」

「うん。僕たちは、もう終わっちゃったけど……」

 その言葉に、二人は食堂を見渡した。
食堂にいるのが子供五人だと分かると、不思議そうにゲオルクが首をひねる。

「……そう言えば、さっきまで一緒にいた平次君と、快斗君は一緒じゃないのかい?」

「ああ……あの二人なら……自室に戻ったよ。まだ夕飯はいいって言って……」

「あら、そうなの」

 意外そうな口調でそう言うと、後ろに立っている他のメンバーたちに何かを話している。
話が終わって、他のメンバーたちが適当なテーブルに腰掛けたのを見ると、
ドイツ語で“先に座っといてくれ”とでも言ったのであろう。

「もしかして、あの二人に何か用だった?」

「ううん。――そうだ。少し、それ見せてもらっても良い?」

 首を振りながら言うと、フリーダーは歩美の手にしている予告状を指差した。

「別に構わないよ。元々はゲオルクさんたちに届いたものだったんだし」

「そう? ありがとう」

 予告状を受け取りながら、フリーダーが難しい顔をして息を吐き出す。

「私はそんな気はしないんだけど、ゲオルクがこの予告状に違和感があるって言うのよ」

「違和感?」

「ええ。それでもう一度見てみようと思ったんだけど……」

 フリーダーは二枚の予告状を交互に何度か見返した後で肩をすくめた。

「やっぱりだめね。私は何も感じないわ……」

「ねえ、そのゲオルクさんが言ってた違和感ってどんなの?」

 コナンに訊かれて、フリーダーは少し唸る。

「そうねぇ……正確には分からないのよ。『何処がおかしいの?』って訊いても、
 『何処かは分からないけど、でも何か妙なんだよ』としか返ってこなくて……。
 私は『届いた日に見てから、ずっと見てなかったからそう感じるんじゃないの?』
 って言ったんだけど、『そうじゃないと思うんだ』の一点張りで……」

「それって予告状が届いた時に?」

「しばらく経ってからよ。中森警部さんへ予告状を渡しに行く、大体二〜三日前頃だったと思うけど」

「……じゃあ、予告状が届いてから、中森警部へそれを渡しに行くまでに、
 今日、ここに来てる人がフリーダーさんたちの家に来たってこと、なかった?」

 これにフリーダーが驚いたようにコナンを見返す。

「あったわよ。この予告状が届いた日の翌日が、私とゲオルクの結婚記念日だったの。
 私たちの結婚記念日の日には、いつものメンバーが祝ってくれるから、
 その日は、彼らを家に招いてパーティをしたのよ」

「その時、皆予告状の存在知ってた?」

「ええ。これが届いた日に。
 船旅には彼らを招待するって、前もって言っておいたから、知らせるのは早い方がいいと思って。
 それで、その時にイザベラが『夫に詳しいこと調べさせるわ』って言ってから、
 しばらくして『フェリーを持っている人で、怪盗キッドに関わった人がいる』って話を聞いたの」

「じゃあ、園子姉ちゃんの所に頼んだのは……」

「ええ。“怪盗キッド”に関わったことがある人なら、対処とかが迅速かな?
 と思ったから頼んだのよ。イザベラの旦那さんは外交官をやってるから、
 そのツテで情報入れてきてくれたのよ。だから信頼できるな、ってね」

「そっか……」

 フリーダーの話を聞いて、コナンは意味深にそう呟く。

「――さ! それじゃあ食べてこようかしら。……あ、これありがとう」

 そう言ってコナンへ予告状を返すと、
フリーダーは他のメンバーが待っているテーブルへ戻って行った。



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