殺人への誘い 〜第二十四章:助力<番外編>〜


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 【 ※本編24章『助力』終盤、キッド登場シーン以降の別verとなっております 】



 コナンは突如甲板に現れたキッドを思わず凝視する。
確かに、あの爆発でキッドが死んだと思ったわけではない。だが、可能性としてはゼロじゃないだろう。
爆発があってから遅くとも三十分は経ってるとは言え、あれだけの爆発だ。
仮に生きているとしても、少なくとも無傷であることはありえない。

 怪我の程度にもよるだろうが、その痛みが引くのを待っていたり、
まともに動けるようになるまでには、三十分以上はかかる。
少なくとも、支えなく船の手すりの上に悠然と立つことなど出来るはずがない。

(……あれ?)

 困惑気味にキッドを見ていて、コナンはある事に気が付いた。
よく見れば、何処かを押さえていたり、かばっている様子は見受けられない。
それどころか、ほぼ無傷と言って良いほど、傷という傷が見当たらないのだ。
本人に訊こうにも、距離が離れていることと、状況的に近づける状態ではない。
どうしようかと考えあぐねている中、キッドの表情が変わると同時に、コナンの方へトランプ銃を構えだした。

(は?)

 キッドがトランプを放つより早く、平次の声が飛ぶ。

「――工藤!」

 切羽詰まったその声にコナンが振り返るよりも先に、コナンは少し離れた先の床に背中から倒れ込んだ。

「……痛っ!」

 傷に障って思わず声を上げてから、コナンは左右に目を向けた。

「……いきなり何だよ?」

 近くに倒れ込んでる平次に、コナンは不満そうにそう言うと、平次は不服そうに眉を上げた。

「そら、こっちのセリフや! よそ見して、殺されそうになっとったんは誰やねん!」

「え?」

 その言葉に、初めてコナンはウィリアムへ目をやった。
丁度先程まで自分がいた辺りの床に突き刺さったナイフを引き抜いている。

「……まさかあれで殺そうとしてたって言うのかよ?」

「まさかも何もあらへん! あれだけよそ見しとったら、殺してくれ言うてるようなモンやないか!」

 平次は甲板の手すりの上に立っているキッドに目をやって、不思議そうに言う。

「現れたんはキッドやろ? そら、いきなり現れたら驚くんも分かるけどや、ちょっと驚きすぎちゃうか?
 何や幽霊でも見たような顔しとったで?」

「だろうな」

 至極真面目な顔で返すコナンに、平次は眉を寄せる。

「だろうな、て……何でそんな顔しなアカンねん?」

「……一瞬そう思ったんだよ」

「はぁ?」

 未だにどこか放心状態なコナンの反応に、平次は首をひねる。
平次が詳しくコナンに訊きかけた瞬間、二人の傍で不気味な金属音が鳴った。
その音に二人はハッとしたように振り返る。だが、その直後、顔を突き合わせたのは銃口。
この距離で心臓を撃ち抜かれでもしたら、いくら銃の腕前が悪い人でも、確実に当たるだろう。

「そろそろこちらも疲れてきてね。もういい加減、終わらせてくれるかな?」

「ちょ、ちょー待て! その拳銃、どっから……」

 ウィリアムの拳銃は、彼が気絶した際に転がったのを平次が拾い上げ、コナンに渡したはずである。

「これか? 今、ナイフを引き抜いた時に、傍に転がっていたんだよ」

 その言葉に、コナンが慌ててズボンの後ろポケットへ手をやった。

「……そうか。俺が刺されそうになって、オメーが俺をかばった時に落ちちまったんだ」

「アホ! 何でもっとちゃんとしたトコに入れとかんねん!?」

「バーロ! そこ以外で、他に拳銃しまっとける所があるかよ!」

「仲間割れは、いつでも出来るさ。最期くらい仲良く死んだらどうだ。
 君たちの知り合いであるもう一人は、一人寂しく死んで行ったんだろう? せめて――」

「さあ、そいつはどうだか」

 先程とは打って変わって、強気な口調で言うコナンに、平次は不思議そうに顔をしかめる。
一方のウィリアムは、それをただの強がりだと捉えたらしく、小馬鹿にした様子で鼻で笑った。

「まさかまだ彼が生きているとでも信じているのか? バカげた話だ。
 あの爆発に巻き込まれたんなら、どんな奴でも死に至るさ。
 所詮、人の命なんてそれを操る人間がいれば、無意味同然なんだよ」

「――なっ!」

 その言葉に、文句を言いかけたコナンだったが、平次の方が早かった。
目と鼻の先に銃口があるのも忘れ、勢い良く立ち上がると、ウィリアムの胸倉を掴む。

「もういっぺん言うてみィ!」

「フン。いくらでも言ってやるさ。『人の命は無意味』って言ったんだろ?」

「この……!」

 ここまで来ると、もはや冷静な判断は出来ない。
それに気付いたらしいウィリアムは、平次に気付かれないように、銃口を平次の心臓へ向け始める。

「待て、服部!! 銃口が――!」

「黙っとれ!」

 狙われてる本人が、全く聞き耳を持たないのでは怒鳴っても意味がない。
仕方がないと、コナンは痛む傷口を押さえながら身体を起こすが、コナンはすぐに動きを止めた。
突然、銃口がこちらを向いたと思うと、発砲音が響いた。――逃げる暇もない。

(…………あれ?)

 違和感を覚えて辺りを見渡すと、足が地上についていない。
首を絞めつけられてるように感じるのは、服のフードが引っ張られているせいだろう。
はたと思い立って、コナンは後ろを振り返った。

「――気付くの遅せーって」

 振り返った途端に呆れたような声が聞こえる。
その声の主が、予想通りの全身に白服をまとった人物だと分かってコナンはため息をつく。

「……一言目がそれかよ?」

「おや。助けた人間に文句を言いますか?」

「頼んでねーっつんだよ」

 わざとおどけるキッドに、コナンは悪態をついた。

「それよりお前なんでほとんど無傷なんだよ?」

「詳しく話してる時間はなさそうだからな。船旅が終わるまでに話してやるよ」

 そう言いながら、キッドは適当な場所にコナンを降ろした。
その後で、自分も甲板へ降りるとハンググライダーをしまう。

「――まあ簡単に言うなら『こんな所で死ぬつもりはないんでね』とか?」

「……ちょっと待て! そのセリフ――!」

 言いかけるコナンを、キッドは片手を挙げて制した。

「それに、あれくらいで死なねーって。必要要素は脱出の知識なだけだったし。
 でも、そいつの話もまた後だ。あのままじゃ、死んじまうぜ? 西の探偵」

 コナンを撃った際に、予想外の手助けがあったため、ウィリアムは標的を平次に変えたのだ。
とりあえず逃げ回ってはいるものの、足を怪我している分、逃げる度にそのスピードは落ちていく。

「さて」

 キッドはトランプ銃を取り出すと、ウィリアムの方へ近付いて行く。
その際に背後から足音が聞こえたことに気付いて、キッドは後ろを振り返った。

「おい、名探偵。下手に動くなって。それだけ怪我してりゃ、動くほど悪化すんぜ?
 せっかく射程範囲から外れる場所に降ろしてやったってのに」

「んなこと言ってられっかよ」

 不満げに言うコナンに、キッドは息を吐き出すと、肩をすくめた。

「手は要らねーって。あのな、名探偵。一回ぐらい信用してみろって。現に今無事で戻って来れてんだ」

「そういう問題じゃねーだろ。それに下手すりゃ――」

「『怪我じゃ済まない』ってか? でも、このままだと、西の探偵が殺されちまうし……」

 キッドはコナンを見ると面白そうにニヤリと笑う。

「第一、そんな大怪我負ってる人間が『怪我じゃ済まないかもしれないから、自分も行く』
 とか言ったところで、説得力があるとでもお思いかな、探偵君」

 その言葉にコナンは言葉を詰まらせて、忌々しそうにキッドを睨みつけた。
だが、それ以上の反論が飛ばないと分かると、キッドは軽々と甲板の手すりの上に乗ると前へ進んでいく。
コナンはそれを見ながら呆れたようにため息をついた。

(……強情なのは、俺や服部といい勝負だよ)



 コナンの時とは違い、ウィリアムは平次をすぐに殺そうとはしなかった。
怪我の程度が大分コナンよりも軽めということが影響しているのか、
そう簡単に殺すようなことはしたくないらしい。
平次の動きを注意深く観察しながら、ウィリアムはじっくりと平次を追い詰めていく。

 銃弾が足を掠めて、思わず膝をついた平次に、ウィリアムは、平次が起き上がったタイミングで再度発砲する。
運悪くふくらはぎを撃たれてバランスを崩したまま、平次は前方へ倒れ込んだ。
それを勝機と見たのか、即座に照準を合わせ直すとそのまま引き金を引く。
だがそれとタイミングを同じくして、キッドの放ったトランプがウィリアムの手を叩いた。
その反動で、拳銃はウィリアムの手から離れ、銃弾が空に向かって飛んだ。

 しばらく経った後、少し離れた場所で薬莢の落ちる音が木霊する。
ウィリアムはトランプの当たった片手を、もう一方の手で抑えてから、腹立たしそうにキッドを睨んだ。

「……何故お前が庇う必要がある?」

「別に庇わない必要性もないでしょう?」

 ウィリアムの言葉に、キッドは肩をすくめてそう言いながら、
床へ落ちた拳銃に向けてトランプ銃を撃って、ウィリアムの傍から拳銃を遠ざける。
慌ててそれを拾いに走るウィリアムを横目で見ながら、キッドはシルクハットを目深にかぶり直した。

「――立てますか?」

 平次へ向き直ると、倒れてる平次へ片手を伸ばした。

「……アンタ、何で?」

「殺されそうになっている人間を平気で無視できるほど、軽薄じゃないんですよ」

「……せやけど捕まえる側を助ける犯罪者なんか――アカン! 伏せっ!」

 キッドが平次の言葉に反応するより先に、肩から首にかけて痛みが走った。

(……やっぱり、犯人に背中向けるのは間違いだな)

 怪我の程度は大したことはないらしい。
キッドは面倒くさそうに、ゆっくりとウィリアムの方を振り返った。

「邪魔するのなら、殺してやっても良いんだが?」

「されるのなら勝手になさって結構ですよ。少なくとも、殺人事件で新聞に載るつもりはありませんし」

 澄ました態度に、ウィリアムは露骨に眉を吊り上げた。

「……それなら望み通りにしてやろうか」

「構いませんよ? 出来るのならね」

 あえて挑発的にそう言うと、キッドは平次から距離を取った。
その直後に、ウィリアムは休みなくキッドに向けて銃弾を撃ち始める。
だが、そんなものはもろともせずに、慣れた足取りで軽快に避けるキッドに弾は当たらない。
全弾完全に避けきるというのはさすがに無理だが、当たってもかすり傷程度なものだ。

 おまけに、コナン達と違い、トランプ銃で応戦しながらの銃撃戦のためか、
ウィリアムの動きも今までに比べると鈍くなっている。
撃ち合いが十分程過ぎた頃だろうか。ウィリアムが何の前触れもなく倒れ込んだ。
その状況にキッドは不思議そうに首を傾げると、足を止めてウィリアムの様子を窺った。
別にこれと言って倒れさせるようなことをやった覚えはない。

 罠の可能性も捨てきれないと、キッドはトランプ銃を構えた状態でウィリアムへ近づいた。
だが、それでも動く気配のないウィリアムに、キッドは首を傾げてから前方へ目をやった。
疲れた様子で、壁にもたれかかっているコナンを見つけて、キッドはため息をもらす。
どう見ても寝息を立てて寝ているとしか思えないこの状況では、誰が何をやったかは一目瞭然だ。

「大人しくしておいた方が良い、と言ったと思いますが?」

「オメーが犯人倒すのにぐずぐずしてっからだよ」

「そもそも犯人を倒すのは私は専門外ですから」

 不機嫌なコナンの口調に、キッドはおどけた様子で言葉を返した。

「とりあえず後の処理は専門家へ任せますが、二人とも早めに部屋へ戻って、休むのが賢明でしょう。
 ――そうそう、名探偵。例の件はまたその内に話させていただくとしましょうか」

 そう言い残して、キッドはハンググライダーを広げて去って行く。
それを目で追いつつ、平次は首をひねると不思議そうに呟いた。

「アイツ犯罪者やろ? せやのに何でわざわざ探偵助けるような真似したんやろか」

 これにコナンは少し考えてから返事を返す。

「ま、奴も中身自体はただの一般人ってことだろ」



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