【 ※『助力<番外編>』、本編エピローグ『追及』のその後です 】
「――ヘックション!」
コナンがバスルームのドアを荒々しく閉めた途端、派手なクシャミの音が響く。
それを聞いて、平次と快斗がコナンの方を振り返った。
「お、工藤。出て来たか」
「ああ、名探偵。悪かったな、大じ――ぶっ!」
言い終わるより先に、快斗は両手に顔をうずめた。
パタッと音がして、スリッパの片方が快斗の傍の床に落ちる。
快斗が顔を上げる前に、コナンがズカズカと不機嫌そうに快斗の方へ歩いてきた。
「何が『大丈夫』だっつーんだよ! それが、海に落とした張本人が言うセリフか!」
「イテテ……」
快斗は片手を顔にやったままで顔を上げた。
「いや……だから説明しただろ?」
「『海面ギリギリで止まるように仕掛けしてたはずが、糸切れてた』ってやつか? 誰が信用するんだよ?」
――そう。甲板で快斗が手を離したのは、ただ単にコナンを脅かしてやろうとしたことで、他意はなかった。
しかしどういう経緯でそうなったのか、その糸が途中で切れてしまい、
結果的には冷たい夜の海へ落とされることになったのである。
慌てて、平次と快斗は近くにあった浮き輪でコナンを引き上げたのだが、
一旦頭までつかりきってしまっているので、本人はおろか衣服も当然びしょ濡れ。
そのままでは風邪を引くからと、風呂へ入りに自室まで戻ったというわけだ。
その際、快斗は本来の計画について説明するが、コナンはそれを全く信じない。
何回言われようとも、快斗の意見に一切の耳を貸さなかった。
「嘘じゃねーって! さっきから何度も言ってんだろ?」
「信用させてーんなら、証拠見せてみな」
「しょっ――! 無茶言うな! 吊るしてた糸、海ん中だっての!」
「だったら潜って取って来いよ。落とそうとするオメーが悪いんだろ?」
そう言われれば、返す言葉もない。
「夏だったからまだしも、冬だったら確実に風邪引いてるぞ?」
「……だから、その辺はちゃんと謝ったじゃん?」
「謝って気が晴れるんなら、楽なもんだよ」
淡々と言うと、コナンは一度だけ深いため息をつく。
その後で、再度派手なクシャミをした。コナンは鼻をすすると恨めしそうに快斗を睨む。
「お前なぁ……。こっちは昨日の晩、ウィリアムさんとのやり取りで怪我してんだぞ?
あの勢いで海に落とされて、傷口開かなかっただけ運が良かったって言うのに、
その代わりに風邪でも引かせるつもりかよ?」
いかにも鬱陶しそうに言われ、快斗はコナンから目を逸らすと小声で呟いた。
「……まあ、そのまま黙っててくれるんなら、寝込んでてくれた方が有り難いけど」
「ならそれより先にテメーを黙らせてやるよ」
鬱陶しさから不機嫌に変わったコナンだが、その様子に快斗は逆にニヤッと笑う。
「悪ィ、聞こえてた?」
「わざとかよ!」
「――黙らせる言うたら、工藤。お前結局犯人倒す時、麻酔銃で犯人眠らせたやろ?」
「へ? ああ。そりゃそうだろ。何か蹴ったにしても気絶してる時間は限られてるしな。
確実に長時間犯人の動きを止めるには、麻酔銃が一番効き目があるじゃねーか」
不思議そうに訊く平次に、逆にコナンはキョトンとした様子で言葉を返す。
しかし、平次はそれでも尚怪訝そうな表情で首を傾げる。
「せやったら何で最初から麻酔銃撃たへんかってん?
さっさと犯人眠らせとったらそれで解決やんけ。あの爆弾の件かてそやろ?」
「バーロ。だからだろ? あの時、ウィリアムさんは爆弾のスイッチを片手に持ってたんだぜ?
下手に眠らせて、先に落ちた爆弾のスイッチの上にウィリアムさんが倒れたら、
逆に体重でスイッチが押されて、仕掛けられた爆弾が爆発するだろうが」
呆れてそう言うと、コナンは話題を変えた。
「――で? オメーは一体いつから脱出してたんだよ」
急に話を振られて、快斗は目を瞬いてコナンを見返す。
「あ? 脱出って、あの監禁場所からの脱出のこと?」
「他に何処から逃げ出すんだよ? 刑務所か?」
面倒臭そうに言うコナンを、快斗は不満そうに睨んだ。
「……まだ捕まっちゃいねーっつーの!」
「ホンなら捕まる気ィはあるんか?」
「ねーよ!」
苦笑いして言うと、快斗は咳払いを一つする。
「探偵君の方で脱出時間にご見当は?」
「相っ当前から脱出できてたのは事実だよな?」
コナンの言葉を聞いて、平次が顔をしかめる。
「何で分かんねん?」
平次に訊かれるとコナンは笑いながら、快斗の方をあごでしゃくって見せた。
「コイツ、俺が初めてウィリアムさんに撃たれた時に、言った言葉を知ってんだよ」
「最初にて……俺が来る前か?」
「ああ」
コナンがそう言うと、平次は驚いたように快斗の方を振り向く。
「ちょー待て! ホンなら、あの爆発が起こる前には脱出しとったっちゅうわけか!?」
「冷静に考えろって、西の探偵」
快斗は面白そうに平次を見る。
「あの爆発に巻き込まれりゃ、いくらなんでもさすがに怪我の一つ位してんだろ。
一応言っといてやると、爆発音は甲板で聞いてたぜ」
「甲……アンタ、いつから甲板におったんや?」
「そうだな……」
快斗は考えるように、軽く上を見上げた。
「西の探偵がいなくなって、ウィリアムさんが部屋へ戻ってきた時に、一回頭殴られて、意識遠のいてたんだよ。
完全に意識がなかったわけじゃねーが、自由に動けるほど意識しっかりしてなかったから、
大人しく横になってたんだよ。下手にバレて、もう一回殴られても困るしな?
で、しばらく何か作業しててな、それが終わると部屋出て行ったんだよ。
こっちの意識がはっきりして来てから、部屋から脱出したものの、西の探偵が部屋の前に倒れてて――」
「知っとったんか!?」
快斗の口から出た言葉に、平次は目を丸くする。
「そりゃ当然。でもま、息してたし。大丈夫だろうと思って甲板行ったんだよ」
「起こせや!」
「気絶してる人間を起こそうとしたところで、簡単に起きると思います?」
怪訝そうに言う快斗に、平次は顔をしかめる。
「とりあえずそのまま甲板で様子見てたら、遅かれ早かれ西の探偵と会うことになるだろ?
だからあえて遠回りで甲板まで行って、その時がたまたま名探偵が撃たれるところだったってわけ。
……ってことだから、俺が甲板に来たのは、西の探偵が甲板に来る十五分か二十分位前じゃねえ?」
「それじゃあ、ウィリアムさんと争ってる時、黙って見てたのか?」
「人聞き悪いこと言うなあ……」
そう言うと、快斗はしかめっ面でコナンを見る。
「西の探偵が来て、しばらく見てたんだけど、
ヤバイ状況になってきたから、一旦自分の部屋に戻ったんだよ」
「何しに行ってん?」
「あの時、名探偵しか俺の正体知らなかったからな。
いきなりマジックや煙幕使ったら、西の探偵に怪しまれると思ったのと、
ああいう場面ではこっちの方が動きやすいってことで、キッドの用意しに」
「で? 頃合見計らって、キッドとして出てきたってわけか?」
「まあ……そういうこと」
事のあらましを聞くと、平次は肩をすくめてため息をつく。
「せやけどなぁ……見とったんやったら、さっさと姿見せた方が良かったんちゃうか?
あの爆発前に姿見せとったら、爆破スイッチのことかて気にせんと――」
「どっかにいるからなぁ」
そう言って、快斗はわざとらしくコナンの方へ目をやった。
「変にプライド持って、他人の助けを借りるのを嫌がる人間が」
「……ああ、工藤か。確かに危険度が増す毎に無鉄砲になりよるわ」
「悪かったな!」
立て続けにそう言われ、コナンは不満げに声を荒らげた。
これにて、本編・エピローグ・番外合わせて全32章の誘いも終了です。
番外まで読んで下さった方々、有難うございます。そしてお疲れ様でした。
プロットらしいプロットを立てずに書くせいで、やたらと長い小説になりましたが、
さすがにここまで長い小説を今後書くことはないでしょう。探怪5作目も10章以上行くとは言え。
2007年度編集。麻酔銃云々のシーンを追加した以外は、大した修正はないもよう。
今回の編集作業は、オチを十行弱カットしたことと、セリフ・描写の微調整程度かな。
若干、今回編集を行った版の「追及(普通の方)」で書いた内容とかぶってる気もしますが、
もはや修正のしようがなく、基本的に原案のままで行っております。